pharmacist's record

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”雰囲気”について考えてみた  ~「ぜんぜんわからない。ぼくたちは雰囲気で○○をやっている」~


有名なコラ画像のオマージュです
potato4d.github.io

こちらを利用させてもらおうかと思いましたが、転載していいかわからなかったので、ねこ薬剤師でパロってみました。

もちろん雰囲気だけで医療をやっているわけではないですが、すべての医療行為が”科学的根拠だけ”に基づいていると言い切れるかというと微妙なところです。質の高いデータは限られているということもあり、科学的根拠ははっきりしていないものの慣習的に(≒雰囲気で)実践されている治療法もあるでしょう。


例えば…
一昔前は、「ただの風邪(の疑いが高い上気道症状)に対して、抗菌薬(抗生剤)を投与する」という行為が広く行われていました。実際、自分もかぜを引いたときに抗生剤を飲めば治るからね~と処方されて、見事回復し、「抗生剤、すげぇ!!」と感じたことがあります。おそらく、これは服用せずとも自然に軽快したのでしょうけど、当時はそのような医療行為が常識として行われきたと記憶しています。まさに風邪に抗生剤という雰囲気が漂っていたのです。
現在では、その有益性は実はイマイチだったということがあきらかになってきて、ただの風邪であれば必要ないであろうという考えが主流になりつつあります。
www.mhlw.go.jp
厚生労働省の「抗微生物薬(=抗生剤)適正使用の手引き」には「感冒(=風邪)に対しては、抗菌薬投与を行わないことを推奨する」という記述があります。
ただの風邪ではなさそうな感染症の疑いがある場合には抗生剤が処方されることもあると思いますので、抗生剤の処方=まちがっている!というわけではありませんが、「風邪に抗生剤」という雰囲気は消えつつあり、むしろ「やみくもな抗生剤投与は控えましょう」という雰囲気が形成されはじめていると言えるのではないでしょうか。


回想(↓こんな観察研究もありました)
ph-minimal.hatenablog.com



医学の世界では、冒頭の図のコメントのように「(現時点ではデータ不足で)ぜんぜんわからない」ということが多々あります。
限られたデータを駆使して、「おそらくプランAがもっともいいだろう」という治療が施されますが、のちにデータが増えてくると、「いや、プランBのほうがいいだろう」と考えがアップデートされて、また新しい雰囲気が形成されます。科学的根拠に基づいて、考えが更新されていくところがこの分野のすばらしいところです。


データ不足で慣習的に行われてきた医療行為もある(≒雰囲気でやっている)かもしれませんが、それでヨシとしているわけでなく、新しい知見が得られたら軌道修正していくことが大事ということですね。
新しい知見といっても、臨床試験はお金がかかりますし、検証自体がむずかしい領域もあり、強固なエビデンスが得られない場合もありますので、そのあたりは妥当性の濃淡を見極めながら、ケースバイケースで対応していくことになるかと思います。



次に一般社会に目を向けてみましょう。
一般の人々が健康に関する情報を得るのは、新聞、テレビ、ネットニュースなどの大衆向けの医療ニュースです。
ファクトチェックという言葉が生まれるくらい、最近はメディアの方々もデマを報道しないように十分に注意を払っているのでしょうけど、専門的な医療教育を受けていないので医療従事者よりも”雰囲気”の影響を強く受けやすいのではないかと感じます。少なからず科学的根拠よりも雰囲気に流されやすい側面もあるのではないでしょうか。
別にメディアを責めているわけではありません。自分を含め、医療従事者でさえ雰囲気に流されることはありますし、メディアに対して「根拠に基づいた情報」を伝えきれていない医療従事者の発信力不足という側面も大きいのです。


コロナ禍では、さまざまな医学的主張が乱立しました。
イチ医療従事者の発信力なんて微々たるものですから、テレビなどの強い媒体が「誰の意見にフォーカスするか」によって雰囲気作りのカラーが変化します。

たとえば、新型コロナウイルスのワクチンを推奨する人がいる一方でワクチンは危険だと訴える人もいます。
今回は、どちらの意見も取り上げられましたが(反ワクチン記事を載せる媒体もあったことは記憶に新しい)、ワクチン接種を国が先導して推奨したこともあって、2回接種率が現在7割を超えているようです。「コロナは怖い」という不穏な雰囲気が形成されていたことも後押しとなったと思います。
(参考:新型コロナワクチンの接種状況 | デジタル庁

SNSでは河野太郎さんの活動が目立ちましたね。
政治に携わる人がここまで積極的にSNSを活用したのは医療分野においては初めてと言ってもいいかもしれません。ワクチンを接種したほうがよいという雰囲気作りに努めた政治家の代表的存在と言えるのではないでしょうか。
もちろんコロナ禍における尾身茂先生の働きかけも大きかったと思います。

その一方でワクチンが危険だという雰囲気作りも一部の間で形成され、その雰囲気に呑まれて接種しないという選択をとった人も多いことでしょう。
コロナワクチンに関しては、国民がさまざまな意見に耳を傾けた上で選択できる状況にありましたが、「自分で決断しろ!」と言われても困りますよね。おそらくではありますが、「雰囲気」に流されて決断した人も多いのではないかと感じます。国の主導もあって、主要なメディアは「コロナは怖い」「ワクチンに重症化予防効果がある」といった情報を積極的に発信しており(ワクチンは危険という主張も目に入ったけれども)、どちらかというと「ワクチンを打ったほうがよさそうだなぁ…」という雰囲気作りがなされていたと感じます。もし、国がだんまりで、メディアがワクチンの副反応の報道ばかりやっていたら、ワクチンは怖いという雰囲気が蔓延し、接種率はもっと低くなったのではないでしょうか。”雰囲気作り”の影響力ってかなり大きいのではないかと思います。


お次はHPVワクチンを例に挙げましょう。
「2013年からHPVワクチンの定期接種が始まったが接種後に広範な疼痛または運動障害を訴える報告があり、ワクチン接種との因果関係を否定できないとして、2013年6月に厚生労働省から HPV ワクチン接種の積極的推奨中止の通達がなされた」
子宮頸がん治療と HPV ワクチンの現状について
日大医学雑誌2022 年 81 巻 6 号 p. 325-328

2013年に接種中止という判断が下されて、テレビなどのメディアで副反応について報道されました(我が家にはテレビがないので詳細不明…)。そりゃニュースにしますよね。このときにHPVワクチンは危険だという雰囲気が確立したのでしょう。
薬剤師ではない女性に聞いてみたところ、ワクチンで怖い副反応がでて、中止になったみたいなニュースがあったのを覚えているとのこと。しかし、そのワクチンに関する有効性と安全性に関する最新の知見や、諸外国では積極的に推奨されて接種率も高くなっているという現状は知りませんでした。これは2~3年前(後述のみんパピが発足されたころ?)の話ですが、2013年に副反応の報告が報道されて形成された雰囲気が、変化することなくそのまま同じカタチで残っているということだと思います。結果として、日本では諸外国と比べて接種率が低いまま推移し、WHOから名指しで日本が批判されてしまうという事態に陥りました。
(国の動きも消極的だったことも接種率低迷の要因のひとつだと思いますが)

さて、ここで副反応の報道によって負のイメージがついてしまった!メディアの責任だ!と責めるのはお門違いかもしれません。
出来事を報道するのが彼らの役割なので、報道するのは間違いであったと後出しジャンケンで責めるのはちょっと可哀想ですね。問題提起できるところがあるとすれば、情報が更新されても最新の情報を報道する姿勢が低かったことでしょう。とある記者が「ワクチンの有効性を記事にしたいと訴えたが会社で却下された」という話をSNSで見かけました。これが事実かどうかは定かではないですが、副反応の報道と比べると、安全性に関するその後の動向に関する報道は少なかったように感じます。
近年、有志の先生方による情報発信が積極的に行われ(※)、メディアの空気も変わってきたように感じますが、一度形成された「HPVワクチン=副反応がヤバい」という雰囲気の払拭にはかなりの時間と労力がかかっているようです。

※みんパピ
ph-minimal.hatenablog.com
minpapi.jp


長くなりましたね汗。
自分の思考は散らかったままですが、そろそろまとめに入ります。
専門的知識のない一般市民は雰囲気に流されやすいと思います。原則として、専門外の分野について「自分の頭で考える」というのはかなりハードルが高いです。「自分の頭で考えたら、ズレズレの異端児になってしまっている」という可能性もあります。私も他の分野のことに関してはまったくわからないので(←非常識人間)、自分の頭で考えるだなんて自信がなさすぎて、雰囲気に流されがちです。

人は基本的に専門外のことに関しては雰囲気に流されやすいと思うので、科学的根拠に基づいた雰囲気作りは大事だと言い換えることもできるでしょう。片方の意見だけがフォーカスされると、医学的根拠の有無にかかわらず、日本の中では「それが正しい」という雰囲気作りが形成されてしまうおそれもあるので、世の中の雰囲気がズレた方向に向かっていないか、専門家が注視する必要があると思います。

また、医学の世界では新しい知見に基づいて、迅速にアップデートされていく傾向にありますが、世の中は一度できあがった雰囲気の払拭には時間と労力がかかるとも考えられます。データが限られていたときの情報発信の妥当性に疑義が生じたからといってそれを責めるのではなく、新しい知見に基づいて雰囲気を適切に軌道修正していくことが大事です。「コロコロ意見を変えるんじゃねぇ!」と責める人もいるかもしれませんが、新しい知見に基づいて評価が変わることを「コロコロ意見が変わる」とは言いません。変わったのはデータであり(新しいデータを入手)、土台となる考え方は同じままですからね。「以前は○○と言っていた!間違ったことを言いやがって!」と他責的になるのではなく、現時点の情報をしっかり洗い出した上で評価を下すこと、日々アップデートしていくことが大事なのではないでしょうか。