「医学論文の活かし方」で取り上げられた論文をビジアブ化しよう祭の第3弾です。
「風邪に対する抗菌薬投与は、肺炎をどのくらい予防するか」を取り上げます。
当時話題になった論文です。
たしか当ブログでも触れたことがあると思いますが、ビジアブ化はしてなかったので再掲。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23508604/
Risks and benefits associated with antibiotic use for acute respiratory infections: a cohort study . Ann Fam Med. 2013; 11: 165-172 PMID:23508604
どんな抗菌薬かについてはこちらを!
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3601395/table/t1-0110165/
ほとんどペニシリン系ですね。約7割!
マクロライドが1割強
セファロスポリンが7%、テトラサイクリンも7%、キノロンは1%くらいです。
日本の現状と大きくかけ離れていることに注意ですね!
さて…、
結果に触れる前に、この観察研究の解析方法についてなんですが、抗菌薬の処方有無で後ろ向きに調査する場合、いろいろと交絡が発生しそうですよね。さまざまな背景因子のズレを調整しないと結果に偏りが生じるのではないかと思います。
(そもそも抗菌薬を処方されたのはどんな患者なのかっていう話です)
で、「Analysis」の項目をみたら、難しい…(統計のややこしい話になるので、読み飛ばしていただいてもけっこうですッ!)。
多変量解析との記述がありますが、どんな因子について調整したんでしょうか。詳細はサプリメンタリ見てねって書いてあるので、見てみたらますますわけわからぬ。
「各診療所のモデルで同じ共変量を用いて、診療所ごとに別々の傾向スコアを計算した」と書いてあったので、傾向スコアでマッチさせたのかな?とも思うのですが、電子カルテデータベースからどのような情報が得られるんでしょうね。未知の情報は調整できないですよねぇ…。
ちなみに興味深いのは診療所ごとに抗菌薬の処方有無の割合がぜんぜん違うっていう件(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3601395/figure/f1-0110165/)。
診療所ごとに抗菌薬の処方傾向がまったく違うので、診療所ごとに調整したみたいなことが書いてあるんですね。
さらにややこしい話をしますと(ややこしれけば、読み飛ばしてくださいッ [警告vol2])、 サプリメンタリの有害事象の解析に関する記述のところで、交通事故の入院についてもコントロールアウトカムとして検証したと書いてありました。
「もし抗菌薬の処方が、入院の可能性を高める未測定の患者特性のマーカーであったとすると、結果にバイアスがかかり、抗生物質曝露者の入院を見つける可能性が高くなる。そこで、コントロールアウトカムとして自動車事故による入院を加えた。これらの入院は、以前の抗菌薬曝露との因果関係は認められないはずである;もし関連が認められた場合、それは残留交絡の証拠となるであろう。」(意訳)
→結果、関連は認められなかったそうです。
これは「有害事象による入院」においての交絡の可能性を除外するための検証なんですかね?ちょっと自分の理解を超えているのですが、「肺炎による入院」に関しては、抗菌薬と交通事故との関連がなかったからといって、肺炎入院の検証における残存交絡がないことの証明にはならないような気がするのですが…。
前述の診療所ごとの処方動向を見ると、対象となった施設は抗菌薬処方割合が3~8割くらいが大部分を占めます(全例処方、全例非処方という施設はほぼない)。抗菌薬を投与した患者には、医師のなんらかの判断があってのことだと思いますので、抗菌薬処方群と非処方群の背景は大きく異なるんじゃないかというのが個人的な印象。
交通事故入院には関連しないけど、肺炎に関連しうる背景因子のズレはあるんじゃないでしょうか。これがどこまで多変量解析で排除できていたのかどうかがカギなんじゃないかなと。
というわけで、観察研究の結果をどう解釈するかのキモとなる解析方法が自分にはしっかりと理解できず…涙。
そんなわけで、この論文をビジアブの書籍化で取り上げるのをやめたんですよね。真っ先に候補となった論文なのですが、どう解釈したらいいものかなと…。
さて、ここからはややこしい話は飛ばして、結果を見てみましょう(統計の話を読み飛ばした方、戻ってきて~~)。
肺炎入院を減らす絶対差が10万人あたり8件の減少ってことで、10万÷8でNNTは12255となりました(NNTはビジアブに載せてません)。このNNTの数値が独り歩きしたっていうか、とっても話題になりましたよね。
NNT(Number needed to treat)は治療必要数のことで、○○人を治療したら1人に治療の恩恵が得られるという指標です。薬の有効性について「相対リスクが○○%減少!」みたいに言われますが、まれな合併症のリスクに関して言うと、相対リスクで表現すると効果が大きく見える一方で、絶対リスクで表現すると効果が小さく見えることが多い印象です(→脚注★)。
NNT1万ごえってことで、ほとんど効いてないじゃん!てな感じなのですが、そもそもNNTはベースラインリスクによって大きく変わってくるので(→脚注★)、NNTが膨大だから効かない(相対リスクの減少の度合いが小さい)と言っていいのかは別問題だと思います。そもそもNNTだけ知ったところでようわからんって感じ。
たとえば、
1万人あたり100人起こす合併症を99人に減らす
1万人あたり2人起こす合併症を1人に減らす
これは両方ともNNT1万ですが、だいぶ印象がかわってきますよね。相対リスクはぜんぜん違います。
そんなこんなで、個人的には「NNTと相対リスクは両方チェックしたほうがその治療効果をイメージしやすい」と思っています。
ていうか、RCTであれば、ビジアブに示すとおり、全体数が何人で介入群に何人発症し、対照群に何人発症したのかをチェックするのが一番いいんじゃないかと思いますね。ビジアブのデザインをこのようにした最大の理由がそこにあります。
本研究は観察研究です。発生率は未調整のデータですからRCTと違って、安易に直接比較できないかもしれません。調整済みの相対リスクがどうだったのかがこの論文には書いてないのでイメージしにくいものの、未調整の発生率を見る限り、抗菌薬服用群もそれなりに肺炎を起こしているようです。仮にNNTが12255でも、抗菌薬投与群の発生数がほぼゼロになっているのであれば、抗菌薬、それなりに効いてんじゃんと思うのですが、ビジアブに示すとおり発生率(未調整ですが)にそんなに差がないので、肺炎リスクは相対的にもあまり減少しないのかなぁ~って感じです。 (前述の統計解析にまつわる交絡バイアスの可能性は保留した上での話)
で、興味深いのは「有害事象による入院」が有意に増えていないことですね。軽度な有害事象は増えているのでしょうけど、重篤な有害事象は少ないのでしょうか?それとも、入院区分の誤分類でしょうか?
有害事象が増加しているなら、風邪に抗菌薬を投与することは有益性が低い!とスムーズに話は進むのですが、下手するとこの論文を読んだ抗菌薬推奨派の人たちは有害事象が増えずに、わずかながら肺炎が減るならやっぱり抗菌薬をつかったほうがいいじゃん!ってなってしまわないか心配です。
おそらく抗菌薬を投与しまくることの最大のデメリットは耐性菌なんでしょうけど、これは直接的にデータを出しにくいんでしょうかねぇ。
耐性菌による死亡が増加し、抗菌薬を制限することで耐性菌による死亡を減らすっていうデータがあれば、デメリットのほうが大きい!と周知しやすいと思います(そんなエビデンスがあるかどうか調べてみようかな。介入研究はむずかしそうなので、抗菌薬の使用割合と耐性菌による死亡数の関連をみたような論文があるかどうか…)。
というわけで、抗菌薬問題…、悩ましいですねぇ。
本研究は6割以上の人たちが併存疾患なしのプライマリケアを対象としていますが、併存疾患をたくさん抱えているような患者さんたちにはこの研究結果は外挿できないでしょうね。
ハイリスク集団だとベースラインリスクが変わってくるでしょうから、必ずしも目の前の患者さんに対して抗菌薬を投与することの絶対的なリスク軽減効果がNNT12255とは限らないわけです。
あとは患者さん個々のナラティブも無視できないかもしれません。友達(当時20代前半、健康)が風邪をこじらせて肺炎で入院して大変だったというのを聞いたことがあるのですが、彼は今後、風邪を引いたら抗菌薬が欲しいと思うでしょうね。経口の抗菌薬を服用していたら肺炎を防ぐことができていたのかどうかは実は定かではないのですが、「あんな思いは二度としたくない」と思うことでしょう。10万人あたり、8人減少する程度の効果だとしても、「抗菌薬を飲みたい!」と希望するかもしれません。
そこはきちんと抗菌薬投与の意義を説明すべきだという話なのかもしれませんが、いろいろなケースがあるでしょうね。
抗菌薬問題が吹き飛ぶほど、新型コロナが猛威をふるっているのですが、抗菌薬の適正使用は現在進行形の問題なので過ぎ去った問題ではありません。こんなときだからこそこの問題に向き合うべきなのかもしれませんね!
★脚注
相対リスク、絶対リスク、NNT…
このあたりはエムスリーの連載でも取り上げたのでご覧ください!
NNTはベースラインリスクについて図解でお示ししております~。
pharmacist.m3.com