pharmacist's record

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アルツハイマー病による軽度認知障害(MCI)/軽度認知症に対するレカネマブの効果(NEJM2023)

エーザイのアルツハイマー病治療薬・レカネマブが承認へ 厚労省・薬食審第一部会が了承 | ニュース | ミクスOnline
厚生労働省の薬食審医薬品第一部会は8月21日、エーザイアルツハイマー病治療薬・レケンビ(一般名:レカネマブ)の承認を了承した。」
だそうです。
記事の公開日時は8月21日23時15分
深夜残業ですか?定時退勤しましょうよ。。。(←気になるの、そこ?)

治験データはこんな感じらしい。
「大規模グローバル臨床第3相検証試験「Clarity AD」 試験の結果に基づく。主要評価項目に据えた全般臨床症状の評価指標である CDR-SBにおいて、18か月時点での臨床症状の悪化をプラセボと比較したところ、27%抑制している(P=0.00005)」

米国での販売価格はなんと患者1人あたり年2万6500ドル(約385万円)らしい。
国民皆保険の日本でこれが解禁されたら高齢者1割負担とすると、「1人あたり345万円/年」くらい医療保険でまかなうことになるのでしょうか。米国と同じ薬価になるかどうかはしりませんが、働き世代の年間の給料(手取り)が吹っ飛びますね。

肝心の効果はいかほどなのかNEJMに掲載された論文をみてみましょう。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
van Dyck CH, et al. Lecanemab in Early Alzheimer's Disease. N Engl J Med. 2023 Jan 5;388(1):9-21.PMID: 36449413.

プライマリアウトカムはCDR-SB

CDR(The clinical dementia rating)は患者と介護者との面接で評価

Memory(記憶)
Orientation(見当識
Judgment and Problem Solving(判断力・問題解決能力)
Community Affairs(地域社会活動・適応)
Home and Hobbies(家庭状況・興味・関心)
Personal Care(介護状況)

6項目、各0~3点
これを合計して0~18点
高いほうが重症

CDR-SBのベースラインは各群3.2点。
18ヶ月でレカネマブで1.21点悪化、プラセボで1.66点悪化なので、18ヶ月の治療で0.45点の差。
プラセボと比べて、27%抑制」と記事にありましたが、0.45/1.66=27.1%ってことですね。


アルツハイマー病の新薬「レカネマブ」、厚生労働省部会が製造販売の承認を了承 : 読売新聞
一般メディアではこんな感じでセンセーショナルなグラフが提示されていますが、論文のFigはこちら

https://www.nejm.org/na101/home/literatum/publisher/mms/journals/content/nejm/2023/nejm_2023.388.issue-1/nejmoa2212948/20230105/images/img_medium/nejmoa2212948_f2.jpeg
こちらの上部の「A」です。

論文に掲載されてるのはCDR-SBの変化量のグラフです。途中経過の推移が見やすいですね。

しかし、ここはベースラインと18ヵ月後だけ着目しましょう(作図力のなさにより、途中経過はカット)。
絶対値の変化はこうなります。

P=0.00005って言われると、すげぇ!ってなっちゃいますが、18点満点のスコアで0.45点ですから、全体図をグラフにするとこうなります。
論文のSTATISTICAL ANALYSISの項目にて、事前の見積もりで、プラセボと0.373点の差(25%の抑制)と推定しサンプルサイズを計算しています。
0.373点の差は臨床的に意義がある差であり、規制当局もこれに同意したとのこと(agreements with regulatory authorities)
18点満点で0.45点なんてほとんど意味ないのでは!?という声も散見されますが、規制当局も臨床的意義のある差だと認めているということらしいです。これは意外でした。いわゆるMID(Minimally important difference)を満たしていると…。ほとんど自覚できなそうな差に思えますけど、どうなんでしょうね。

また、上記の図に示したとおり、CDR-SB0.5~6点が早期アルツハイマーだそうです。
認知症の進行につれてこの数値は高くなるのですが、重度の認知症だと何点になるのか、カットオフ値は論文に記載されていませんでした。

研究期間は1年半ですが、この試験の平均年齢は71歳
これからも患者さんの人生は続きます。
重要なのは18ヶ月以降ですよね。
18ヶ月(1年半)で0.45点の差に意味があるのかどうかは議論があるところですが、
2年、3年、5年、、、と長期的にみてどうなるのかが重要だと思います。
ただ、こればかりはどうなるかはわかりません。

パターン①は18ヶ月時点の差のまま、ほぼ平行線で推移。5年~10年と治療を続けても0.45点くらいの差だと思うと泣けてきます。僅差のまま推移するとなると、年間ウン百万というのはちょっと微妙な気が…

パターン②は無治療とレカネマブが直線的に進行しますが、レカネマブのほうが27%抑制されたまま推移するので差が徐々に開いていくので、長い目で見るとアリなのかもしれません。

パターン③は激アツ展開で、レカネマブの傾きがさらに穏やかに。こうなればいいんですけどねぇ~。


18ヶ月以降、どう推移するかは神のみぞ知るなのですが、あらためて論文のFigをみてみると、
https://www.nejm.org/na101/home/literatum/publisher/mms/journals/content/nejm/2023/nejm_2023.388.issue-1/nejmoa2212948/20230105/images/img_medium/nejmoa2212948_f2.jpeg
”差の開き”が頭打ちになって徐々に平行線に近づいているようにも見えなくもないような…。ウーン。パターン①だときついのですが、どうなるのでしょうか。


この薬の作用機序はアミロイド沈着の抑制です。上記FigのBに変化量が載っています。これも変化量のグラフですが、Table1にベースライン値が載っていて、「Amyloid burden on PET — centiloids  平均75~78」とあります。
Figをみると、プラセボは不変、レカネマブは6ヶ月で「-35」、1年で「-50」、1年半で「-55」くらいでしょうか。アミロイド沈着の差も18ヶ月でほぼ頭打ちになるのかも。ベースライン値が70台後半なので、レカネマブ群はもう少し低下するかもしれませんが。
プラセボ群がどんどん高くなっていくなら、アミロイドの沈着量の差がますます開いて、臨床症状にも差がでるのかな?と思いましたが、プラセボ群はほぼ不変なんですよね。それなのに、プラセボ群のCDR-SBは悪化しています。そして、レカネマブ群はアミロイドを減らしたのに、やはりCDR-SBは悪化している(プラセボよりはゆるやかだけど)…。
さて、この治療を18ヶ月以降も長期継続したら、パターン③のようになるのでしょうか?
ネガティブ大王の自分はパターン①なんじゃねーの…って不安になっちゃいますけど…


もうひとつの視点として、このCDR-SBは平均値ですよね。
「全員ちょっとだけ抑制できる」ということなのか、
それとも「一部の人にめっちゃ効く」のか(←この場合も平均値の差はわずかになる)、
も気になるところです。
言い換えると、重度の認知症への移行をどれくらい抑制できるのか。
そして、将来的にBPSDの発生割合をおさえられるのか。
やはりBPSDはご家族に多大な負担を強いる病態だと思います。先日BPSDで豹変した様子を目の当たりにしたのですが、認知症ってやっぱりなんとかしないといけない疾患なのだなと思いました。
中核症状の軽減はわずかでも、BPSDを抑える効果が高いのならそれはかなり有用なのでは?(介護者が疲弊するのはBPSDだと思います)。


とりあえず18ヶ月で有意差がついたのは確かです。
米国とちがって国民皆保険の日本においてこの薬が承認され、膨大な人数に投与するのはどうなのかなと感じますが(コストの観点だけでなく、今回触れなかった有害事象ARIAの懸念もありますし)、さらなる研究が求められる領域であることは間違いないと思います。
もっと長期的なデータが求められますね。
今回とりあげた論文の結語も、「Longer trials are warranted to determine the efficacy and safety of lecanemab in early Alzheimer's disease」でした。論文の著者の先生のおっしゃるとおりです。


※今回、有害事象については一切触れませんので、各自ご考察ください(ARIAは心配ないのかどうか…)。
 また、自分は脳神経領域の専門家ではなく、プライマリケアの片隅にたたずんでいる素人ですので、アミロイドとか詳しくありませんので、本考察はクッソ浅いかもしれません。有識者の見解が知りたいところですね!