pharmacist's record

日々の業務の向上のため、薬や病気について学んだことを記録します。細心の注意を払っていますが、古い情報が混ざっていたり、記載内容に誤りがある、論文の批判的吟味が不十分であるといった至らない点があるかもしれません。提供する情報に関しましては、一切の責任を負うことができませんので、予めご了承ください。また、無断転載はご遠慮ください。

SPRINT trial(SBP<120 vs SBP<140)

SPRINT trialの結果が発表されました
A Randomized Trial of Intensive versus Standard Blood-Pressure Control. - PubMed - NCBI
N Engl J Med. 2015 Nov 9

<背景>
50歳以上において孤立性収縮期高血圧はもっとも一般的な高血圧であり、収縮期血圧(SBP)は拡張期血圧(DBP)と比べて、冠動脈イベント、脳卒中心不全、末期腎不全(ERSD)のリスクとして重要。

数々の臨床試験から、高血圧の治療により、心血管疾患(CVD)のリスクを軽減することがわかっている(脳卒中;35~40%減、心筋梗塞(MI);15~25%減、心不全;最大で64%減)。

SBPが115mmHg以上に上昇すると心血管リスクが増加(PMID:12493255 Lancet. 2002 Dec 14;360(9349):1903-13.)。一般的な高血圧患者に対して少なくともSBP150未満を目標に治療をした場合に有益であったというRCTがあるがデータは限られている。

2型糖尿病(T2DM)を対象としたACCORD試験では、SBP120未満を目標とした厳格降圧治療と、SBP140未満を目標とした通常治療において、主要心血管イベントの発生率に差はみられなかった(脳卒中の発症率は厳格降圧治療のほうが低かった)。

脳卒中既往患者に対するSBP130未満を目標とした降圧治療と、SBP150未満を目標とした降圧治療の比較では脳卒中再発予防に差はみられなかったが、出血性脳卒中においてはSBP130未満の治療ほうがリスクが軽減した(PMID:23726159 Lancet. 2013 Aug 10;382(9891):507-15)。

米国立心肺血液研究所NHLBIは糖尿病ではない高血圧患者の合併症予防に関する試験として、SBP140未満の降圧治療と比較してSBP120未満を目標にした降圧治療の検証(SPRINT試験)を行った


<方法>
研究デザイン:オープンラベルのRCT、アウトカムは盲検化(PROBE)
P:DM、脳卒中既往を除くCVDリスクのある50歳以上のSBP130~180mmHgの高血圧患者 9361名
E:SBP120mmHg未満を目標とした降圧治療(intensive)
C:SBP140mmHg未満を目標とした降圧治療(standard)
O:MI、その他の急性冠症候群(ACS)、脳卒中心不全、心血管死
ITT解析
追跡期間:中央値3.26年(平均5年の計画)

<選定基準>
①50歳以上
②SBP
・降圧剤0~1種でSBP130~180
・最大2種でSBP130~170
・最大3種でSBP130~160
・最大4種でSBP130~150
③DBPは基準なし
④下記のリスクが1つ以上ある
脳卒中以外のCVD
・CKD(eGFR20~59mL/min)
・フラミンガムリスクスコア15%以上(過去1年以内のデータで算出)
・75歳以上


※フラミンガムリスクスコアFramingham Risk Score
心疾患のない人を対象とした10年以内のCVDの発症予測スコア(アメリカの白人のデータをもとに算出、他人種への適応には注意が必要)
下記データを元に算出

性別 年齢 LDL/HDL 血圧SBP/DBP DM 喫煙

イメージが沸かないので仮のデータでためしに算出してみました
55歳男性、LDL140、HDL40、血圧150/90、DMなし、喫煙なし→→14%
55歳男性、LDL140、HDL40、血圧150/90、DMなし、喫煙あり→→22%
55歳男性、LDL140、HDL40、血圧150/90、DMあり、喫煙なし→→22%
55歳男性、LDL170、HDL40、血圧150/90、DMなし、喫煙なし→→18%
55歳男性、LDL140、HDL40、血圧125/75、DMなし、喫煙なし→→9%
65歳男性、LDL140、HDL40、血圧150/90、DMなし、喫煙なし→→22%
70歳男性LDL110、HDL60、血圧150/90、DMなし、喫煙なし→→18%

選定基準フラミンガムリスクスコア15%以上ということですが、70歳近くにもなれば、血圧コントロールができていないだけで、15%超えるようです。


<除外基準>
プロトコルの安全性に懸念のある二次性高血圧
②DM
脳卒中既往
④eGFR<20mL/minまたはESRD(end-stage renal disease)
⑤3か月以内のCVイベントや不安定狭心症による入院
⑥6か月以内の症候性心不全または左室駆出率LVEF<35%
など(詳細はSupplementary Appendix)


<患者背景>

intensive(n=4678) standard(n=4683)
75歳以上 1317名 1319名
平均年齢 67.9歳 67.9歳
75歳以上の平均年齢 79.8歳 79.9歳
BMI 29.9 29.8
フラミンガムリスクスコア 20.1% 20.1%
CKD 1330名 1316名
CVD 940名 937名
女性率 36% 35.2%
平均SBP 139.7mmHg 139.7mmHg
平均DBP 78.2mmHg 78mmHg
SBP132以下 1583名 1553名
SBP132~145 1489名 1549名
SBP145以上 1606名 1581名
スタチン使用率 42.6% 44.7%
アスピリン使用率 51.6% 50.4%


<治療方法>
Randomization and Interventionsより
最初の3か月は毎月受診、その後は3か月ごとに受診

intensive SBP120未満に調整
standard SBP135~139に調整、投与量減量基準(1回の診察でSBP130未満、診察2回つづけてSBP135未満)

血圧測定方法:5分間安静後に、座位で3回血圧を自動血圧測定器で測定し、その平均値を血圧値とする


降圧剤
プロトコルの推奨(必須ではない)
・サイアザイド(第一選択薬)
・ループ利尿薬(進行したCKD)
・βブロッカー(冠動脈疾患)
などCVイベントのリスク減少のエビデンスのある薬剤を使用

サイアザイドではクロルタリドンを、カルシウムブロッカーCCBではアムロジピンを推奨



<結果>
両群ともに脱落はあるが両群の差は目立たない、全例解析されている(Fig1)

血圧変化と、主な降圧剤使用率(Table S2より抜粋)

intensive standard
SBP(1年後) (139.7→)121mmHg (139.7→)136.2mmHg
DBP(1年後) (78.2→)68.7mmHg (78→)76.3mmHg
降圧剤平均使用数 2.7 1.8
ACEi使用率 37% 28.2%
ARB使用率 39.7% 27%
β-blocker※ 41.1% 30.8%
CCB 57.1% 35.4%
サイアザイド 54.9% 33.3%
α-blocker 10.3% 5.5%

※βブロッカーはすべてISA(-)の薬。ISA(+)の薬は使用ゼロ。

<臨床アウトカム>

intensive(n=4678) standard(n=4683) ハザード比(95%CI) NNT(orNNH)
プライマリ(MI、ACS脳卒中心不全、心血管死) 243名(5.2%) 319名(6.8%) 0.75(0.64-0.89) NNT63
MI 97名(2.1%) 116名(2.5%) 0.83(0.64-1.09) -
脳卒中 62名(1.3%) 70名(1.5%) 0.89(0.63-1.25) -
心不全 62名(1.3%) 100名(2.1%) 0.62(0.45-0.84) NNT125
心血管死 37名(0.8%) 65名(1.4%) 0.57(0.38-0.85) NNT167
全死亡 155名(3.3%) 210名(4.5%) 0.73(0.6-0.9) NNT83
非CKD患者におけるeGFR30%以上の減少かつ60ml/min未満 127名/3332名(3.8%) 37名/3345名(1.1%) 3.49(2.44-5.1) NNH37

CKD患者(ベースライン時点でCKD)においてはeGFRの50%以上の減少や、ESRDへの進展に関して有意差は認められず


プライマリアウトカムのフォレストプロット(fig.4)

subgroup ハザード比(95%CI)
CKDなし 0.7(0.56-0.87)
CKDあり 0.82(0.63-1.07)
75歳未満 0.8(0.64-1.00)
75歳以上 0.67(0.51-0.86)
女性 0.84(0.62-1.14)
男性 0.72(0.59-0.88)
SBP≦132 0.7(0.51-0.95)
SBP132~145 0.77(0.57-1.03)
SBP≧145 0.83(0.63-1.09)

腎機能は正常、年齢は高齢、ベースラインのSBPは低め、女性より男性のほうがプライマリアウトカムが減少


<重篤な有害事象電解質異常>

intensive(n=4678) standard(n=4683) ハザード比(p値) NNH
低血圧 110名(2.4%) 66名(1.4%) 1.67(p=0.001) NNH100
失神 107名(2.3%) 80名(1.7%) 1.33(p=0.05) NNH167
徐脈 87名(1.9%) 73名(1.6%) 1.19(p=0.28) -
電解質異常 144名(3.1%) 107名(2.3%) 1.35(p=0.02) NNH125
転倒による外傷 105名(2.2%) 110名(2.3%) 0.95(p=0.71) -
急性腎障害/急性腎不全 193名(4.1%) 117名(2.5%) 1.66(p<0.001) NNH63
血清Na<130mmol/L 180名(3.8%) 100名(2.1%) 1.76(p<0.001) NNH74
血清K<3.0mmol/L 114名(2.4%) 74名(1.6%) 1.5(p=0.006) NNH125
血清K>5.5mmol/L 176名(3.8%) 171名(3.7%) 1(p=0.97) -

<感想>
患者背景に関しては、心疾患リスクありということで、スタチン・アスピリンの使用が約半数。BMIは30と、高齢者が含まれているわりには肥満気味なところが印象的でした。

結果は、とくに心不全が減っている一方で、ベースライン時に非CKDであった患者の腎機能低下が目立っています(全死亡も減っていて結果オーライなのかもしれませんが…)。
第一選択薬としてサイアザイドが使用されたことが関連しているかもしれません。

サブグループの解析では、高齢者のほうが、プライマリアウトカムが減少しています。
PROBEということもあり、高齢者ほど血圧が下げた方がよいと解釈してしまうのは早計だと思いますが、予想と違って驚きました。


気になる点は、血圧測定環境は診察室血圧なのか、家庭血圧なのかです。高血圧ガイドラインにおいても、測定環境により目標値が異なります。
本文には「Dose adjustment was based on a mean of three blood-pressure measurements at an office visit while the patient was seated and after 5 minutes of quiet rest; the measurements were made with the use of an automated measurement system (Model 907, Omron Healthcare). 」と記述があります。

office visitということは診察室血圧なのかな?とも思いましたが、測定方法は自動測定器で3回測定となっていますので、受診したときに、待合室などに設置されている測定器で測定したということでしょうか。
自動測定器ということは、Drが測定したというわけではなさそうです。
これは白衣高血圧は除外したといえるのでしょうか。
Drに測定してもらわなくても、病院にいるだけで緊張して血圧が上がる人もいるのかな…などいろいろ考えてしまいました。

“Drが診察室で直接患者の血圧を測定した数値ではない”というのはこの研究結果を臨床で応用するにあたってのポイントなのではないでしょうか。
きちんと安静にして、3回測定し(おそらくDrが傍にいないところで)、その平均値で判断ということであり、
「(診察室で血圧を測って)血圧135か。うん、高いね。もっと薬増やして血圧下げましょう!」と安易に薬を増やすのはこの研究の示唆とは異なるように思います。

高血圧は患者数が多く、さまざまな合併症をきたす生活習慣病です。
このような大規模臨床試験は最適な治療法を模索するにあたって有用であり、多くの患者さんを救うためのエビデンスとなりますが、安易な解釈で誤った方向へ進まないようきちんと吟味しなくてはいけないと思います。


関連記事
血圧の測定・評価について - pharmacist's record
高血圧の治療方針・生活習慣改善 - pharmacist's record