pharmacist's record

日々の業務の向上のため、薬や病気について学んだことを記録します。細心の注意を払っていますが、古い情報が混ざっていたり、記載内容に誤りがある、論文の批判的吟味が不十分であるといった至らない点があるかもしれません。提供する情報に関しましては、一切の責任を負うことができませんので、予めご了承ください。

本を読みました 『神様が殺してくれる』

ひさしぶりに本を読みました。読書というやつですね。いったい何年ぶりでしょうか…。
自分は読書家ではないので、好きな作家といっても片手で数えられるくらいしかいないのですが、年末の仕事納めのあと某書店でぼんやりと文庫本コーナーを眺めていたら、このタイトルが目に付きました。

『神様が殺してくれる』/森博嗣

幻冬舎の文庫本です。つい手にとってしまい、気づいたら買ってました。

かつて音楽がCDやレコードという媒体で売られていた頃、ジャケットに惹かれて買う「ジャケ買い」というのがありましたが、小説だともっぱら「タイトル買い」ですね。優れたタイトルだと読んでみたくなります。

森博嗣さんの本を読むようになったのも最初はタイトル買いだったように思います。
デビュー作が『すべてがFになる』。いいタイトルですね。内容もとても良かった。最初はオチが凄いなっていうところに惹かれたのですが、今となってはそれはオマケで、登場人物の思考などに惹かれていったのだと思います。
このデビュー作を含む10作品が一連のシリーズとして、たしかアニメ化やドラマ化もされたと記憶しています。

もしかしたら『スカイクロラ』のほうが有名かもしれませんね。
あのシリーズはまだ一作目しか読んでいないのですが、SFとか好きな方には『スカイクロラ』シリーズのほうが向いてるかも。

さて、『神様が殺してくれる』ですが、新刊かと思ったら2013年発表だそうです(完全に浦島太郎状態…)。
これはシリーズものではなく単発の作品。
舞台はヨーロッパ。国をまたいだ事件で、主人公はインターポールの職員。
なんか映画みたいですね。

で、この作品の物語の概要はというと…。
ハッ…。
ブログで取り上げるからには、簡単にあらすじを書いて自分なりの解釈を述べたり、この作品を深く分析していくようなことをするべきなんでしょうけど、自分の能力では無理だということにここにきてようやく思い至りました(遅い)。
書評というやつですね。
「タイトル名+書評」で検索すれば、優れたレビューがたくさん読めるでしょう。


ここからはただのつぶやきになります(冒頭からそうでしたが)。

『神様が殺してくれる』という素敵なタイトルから何を連想するでしょうか?
自分はこのタイトルを見て、まずはそこが気になりました。
まあ、下世話な話ですが、誰を殺してくれるんだろうと。
2通りしかありません。
自己か他者か。
どちらだろうと。
うーん、対象が自己だったら「死なせてくれる」になるのかなぁ。それだとタイトルとしてイケてないですが汗
対象が自己を指しているのであれば、肉体の死というよりは、思想とか信仰とかそういうのを滅するという感じかなという気も…。いや、神様が主語なので矛盾してしまう気もしますね…。

文庫本の裏表紙のあらすじを見てみると、女優の殺害現場で拘束されていた重要参考人が「神様が殺した」と証言…

まあ普通そうですよね。ミステリー小説ですし。自己ではなく他者です。
僕のかわりに神様が手を下してくれる、とかそういう感じを思い描いてしまいますね。それだと死神なのでは?という気もしますが…。


そんなことはさておき読み終わってみると、やっぱり森博嗣さんの作品はおもしろいです。
あらすじだけ見ると、まあありきたりなミステリーなのかなと思ってしまいますが、そうきたか!というオチがあり、そしていろいろ考えさせられるような仕組みになっています。こういうのを読むのは久々ということもあって、若干の鳥肌立った的な感覚を味わいました。

あらすじに書いてあった重要参考人というのがこの作品のキーパーソンなのですが、森博嗣さんはこういう謎めいたキャラクターをさりげなく淡々と描きますね。とくに天才的な人物(今作品には出てこなかったけど)を描くのが上手だと思います。作者自身が彼らを超越する能力がないとできないことですね。森博嗣さんはデビュー当事、国立大学の助教授だったということでしたが、その後、凄まじいスピードで発表される作品から醸し出される独特の知性(それは切れ味と表現してもいいかもしれない)にとても刺激を受けたのを覚えています。

『神様が殺してくれる』はそういう意味での切れ味は薄いかもしれません。この物語には天才数学者が登場するわけではないですしね。『すべてがFになる』の世界とはまったく異なります。ただ、どことなく漂う洗練された空気は森博嗣さんの作風でしょうか。今作は比較的、人と人との関係性に焦点が当てられているように思いますが、森博嗣さんが描くと、泥臭くないというか…、独特な世界観になる気がします(うーん、うまく説明できない!涙)。そして、「えっ!」というオチのあとに沸き起こる感覚もイイ感じです。隠された部分は隠されたままで、あとは想像におまかせということでしょうか。

さて、こうしてとりとめもないことを書き連ねながら、この作品のタイトルを見て、ふと、もやもやとひっかかるこの違和感…。
『神様が殺してくれる』
これは誰目線なのだろう。『殺して"くれる"』ですからね。あの人目線だとしたら、どうもひっかかる。そして、"神様"は誰を指しているのか…。


わけがわからなくなってきたのでこのあたりにしておきます。
たまたま森博嗣さんの作品が好きでこのブログにたどり着いてしまった方、ごめんなさい。本ブログはもともとは医療者向けのブログで、書評とかは本筋ではないのです(見苦しい言い訳)。

それにしても神様ってなんでしょうね。「神様を信じますか?」って…。個人的にはどうでもいいことです。と、ずっと思っていたのですが、信仰を持つということはあながち悪くないのかなぁという気もしています。

そこで突然の医学論文紹介
Association Between Religious Service Attendance and Lower Suicide Rates Among US Women. - PubMed - NCBI
JAMA Psychiatry. 2016 Aug 1;73(8):845-51
前向きコホート研究
religious service attendance(宗教的な儀式の参列?)と自殺suicideの関連を調査
1996 through June 2010ということで約14年
対象:89708名の女性(30~55歳)
アウトカム:自殺

抑うつ症状の有無、雇用状況、飲酒、喫煙、地域、一人暮らしか否か、病歴などさまざまな因子が調整されている模様

結果は、
参列しない人と比べて、週1回以上参拝する人は自殺が少ない(HR0.16 95%信頼区間0.06-0.46)

えっ!すごいじゃん!ていう気もしますが、イベント数そのものが少なく(Never18名、週1回以上で7名)、その割には調整因子が多すぎな気もします。
まあそうはいっても信じるものは救われるということの根拠となりえるかもしれないエビデンスでした(自殺=救われなかったと決め付けること自体に議論の余地があるかもしれませんが)

このような信仰にかかわるエビデンスは探せばたくさんありそうですね。
信じることは救いにつながるかもしれませんが、それを悪用するビジネスもあるような気がしているので、難しいところではあります。
もし神様が本当にいたとしたら、翻弄される人たちを見て何を思うのでしょうね。

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加筆2018.1.4

ふと思ったことがあるので加筆します。
この参拝の頻度と自殺についてのエビデンスです。
交絡の可能性などは置いといて、相対的にリスクを減らせるのではと示唆されたわけですが、ふと頭をよぎりました。

「週1回以上参拝にきていても、7名自殺している(参拝無しは18名)」

たしかに半数以下なのでその点は凄いといえば凄いのですが、上記のように淡々と書き連ねると、毎週そのような場所に来て、神様に祈りを捧げても(いや、具体的に何をしているのかは知りませんが)、自殺ゼロとはならないんだな…と。参拝無しの群では数百名自殺…とかだったら凄いって思えるのですが、10年以上のフォロー期間で毎週の参拝で何人中何人の自殺を防げたのかな…と思うと、意外と無力なのかなという気がしてきました。
あるいは、宗教って生まれ変わりとか信じられているんでしたっけ?もしそのような考え方があるのだとしたら現世はもう辛いから来世へ…という考えを後押ししたりする可能性もあるのでしょうか…。

なにはともあれ、このテーマはひきつづき追っていきたいと思います