pharmacist's record

日々の業務の向上のため、薬や病気について学んだことを記録します。細心の注意を払っていますが、古い情報が混ざっていたり、記載内容に誤りがある、論文の批判的吟味が不十分であるといった至らない点があるかもしれません。提供する情報に関しましては、一切の責任を負うことができませんので、予めご了承ください。また、無断転載はご遠慮ください。

「緑内障ではない」→抗コリン薬の投与は安全?

緑内障の有病率(多治見スタディより)

The prevalence of primary open-angle glaucoma in Japanese: the Tajimi Study. - PubMed - NCBI
Ophthalmology. 2004 Sep;111(9):1641-8.

The Tajimi Study report 2: prevalence of primary angle closure and secondary glaucoma in a Japanese population. - PubMed - NCBI
Ophthalmology. 2005 Oct;112(10):1661-9.

研究デザイン:A cross-sectional epidemiologic study(横断研究)

方法:40歳以上岐阜県多治見市の住民4000人をランダムに選出し、眼科疾患のスクリーニングを実施

登録3870名中、受診者は3021名

有病割合
原発開放隅角緑内障(POAG;primary open-angle glaucoma) 3.9%(95%CI 3.2%-4.6%)
POAG患者の眼圧(IOP;intraocular pressure)
21mmHg以上 3.6%(95%CI 2.9%-4.3%)
21mmHg未満(正常眼圧緑内障 0.3%(95%CI 0.1%-0.5%)
原発閉塞隅角緑内障(PACG;primary angle-closure glaucoma) 0.6%(95%CI 0.4%-0.9%)
続発性緑内障(SG;secondary glaucoma) 0.5%(95%CI 0.2%-0.7%)


こちらも国内の疫学調査
Primary open-angle glaucoma in a population associated with high prevalence of primary angle-closure glaucoma: the Kumejima Study. - PubMed - NCBI
Ophthalmology. 2014 Aug;121(8):1558-65.

Prevalence of primary angle closure and primary angle-closure glaucoma in a southwestern rural population of Japan: the Kumejima Study. - PubMed - NCBI
Ophthalmology. 2012 Jun;119(6):1134-42

沖縄県久米島40歳以上の住民4621名中3762名をスクリーニング

有病割合
POAG 4.0%(95%CI 3.4%-4.7%)
正常眼圧緑内障(IOP22mmHg未満) 3.3%(95%CI 2.8%-3.9%)
PACS;primary angle-closure suspects 8.8%
PAC;primary angle closure 3.7%
PACG 2.0%

狭隅角(with narrow but open)を含めると、有病率は、
PAC3.7%→6.0%
PACG2.0%→2.2%

POAGのリスクファクター
男性(P=0.003)
加齢(P<0.001)
IOP高(P<0.001)

PAC/PACGのリスクファクター
高齢、女性など
(なぜか性差がPOAGとPACGで異なってますね)


以上、国内の疫学調査からPOAGの有病率が約4%、PACGは0.6~2%くらいと考えられます。
(多治見スタディではPACGは70歳台で1.4%、80歳以上で3%)

新規診断となった割合がどのくらいかが重要なのですが、アブストラクトには記載がなく、緑内障診療ガイドライン第3版を見ると、多治見スタディでの緑内障新規発見率89%と記載されています。PACGの新規発見率がどの程度だったか未確認なのですが、未治療のPACGも隠れていると推察されます。

未治療のPACGの場合、抗コリン薬などの投与により急性緑内障発作を起こす可能性があります
「私は緑内障ではない」という患者さんにおいても安全だとは限らないということですね。若年よりも罹病率が高い高齢者のただの風邪に、緑内障禁忌の総合感冒薬を処方するベネフィットはリスクを上回るのでしょうか…?鼻水がひどいなら第二世代の抗ヒスタミン薬を処方すれば良いのでは?という気もしますね。


次に緑内障患者に対してはどうすべきか?という問題。

緑内障発作のリスクとなる薬のレビューです
A review of drug-induced acute angle closure glaucoma for non-ophthalmologists. - PubMed - NCBI
Qatar Med J. 2015 May 10;2015(1):6
薬についての詳細は割愛しますが、Conclusionより、
PACGの場合、緑内障発作を防ぐため、 laser iridotomy(レーザー虹彩切開術)、 filtering surgery(ろ過手術;新たな房水流出路を形成して、房水の流れを良くして眼圧を下降させる緑内障手術)、cataract extraction(白内障摘出術)などを行う。
laser iridotomyを受けた患者は、急性緑内障発作のリスクのある薬を安全に服用できるはずである。
と記載があり、適切な処置を受けていれば投与可能とも言われています。

国内でも10年以上前にこのようなレビューが。
緑内障患者における投与禁忌薬の使用実態と適正使用
医療薬学 Vol. 30 (2004) No. 4 P 276-279
緑内障に禁忌と記載のある薬剤のメーカーに「処置済みの患者に使用可能か?」と問い合わせたところ、対象59薬剤のうち33薬剤は投与可能との回答が得られ、残りの4割は「データがない」「緑内障であることにかわりはない」「使用経験がない」などの理由で禁忌であるとの回答だったようです(2004年の調査)。残りの4割の回答をしたメーカーは今でも同じ考え方なのでしょうか…。

このレビューの考察のこの一文
「実際に散瞳により急激な眼圧上昇を引き起こす可能性があるのは、閉塞隅角や狭隅角に分類される緑内障でありながら、適切な眼科的処置を受けていない患者と考えられる」
結局こういうことですよね。

POAGでは急性緑内障発作はまず起こらないと言われており、レーザー治療など眼科的処置を受けた患者や、白内障手術を受けた患者(開放隅角になっている)も一般的には急性発作は起きないとされているのですが、このような情報は患者さん本人から得ることとなり、勘違いしている恐れもあるので、個人的には眼科医に確認をとったほうが良いと思っています。万が一ということもあるかもしれないので…。お薬手帳に記載して頂けると助かります。POAGだから抗コリンOKよ♪とか記載してあったらその眼科医のファンになりますね。


最後に添付文書の記載について。
最近の添付文書では「閉塞隅角緑内障に禁忌」と緑内障の種類についてもきちんと記載されていますが、古い薬剤は添付文書の記載が「緑内障」との記載のみであることが多いです。これらについては、厚生労働省や製薬メーカーはPOAGにも使ってはいけないとの見解なのでしょうか。もしPACGでなければ投与OKと解釈してらっしゃるなら、現場の混乱を防ぐためにも添付文書の記載を改訂して欲しいですね。