pharmacist's record

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がん性疼痛 低用量モルヒネ vs 弱オピオイド

がん性疼痛の治療は、WHOによる鎮痛薬使用の5原則と、3段階の除痛ラダーが推奨されています。

5原則
①by mouth:簡便で用量調節しやすい経口投与が望ましい。消化器症状、嚥下困難などの場合には坐薬、貼付剤、持続静注などを検討
②by the clock:通常がん性疼痛は持続的。鎮痛効果が切れて痛みが出ないように、血中濃度の維持のため時刻を定めた一定の間隔で投与する(突出痛にはレスキュードーズを使用)
③by the ladder:3段階の除痛ラダーに従う(必要に応じて鎮痛補助薬を併用)。増量で効果が得られなければ次のステップへ。
④for the individual:非オピオイドコデインなどは天井効果があるとされるが、モルヒネオキシコドンなどの強オピオイドは標準投与量はなく、患者ごとの適量(痛みが消え、副作用が問題とならない用量)を個別に効果判定する
⑤with attention to detail:その上で細かい配慮を行う(副作用対策、がんの治療に伴う痛みの変化への対応、減量の場合は離脱症状に注意して減量、腎機能に応じた投与量調整など)

3段階除痛ラダー

第1段階 第2段階 第3段階
軽度の痛み 軽度~中等度の痛み 中等度~高度の痛み
オピオイド鎮痛薬 オピオイド オピオイド
アセトアミノフェンインドメタシンなど コデイン、トラマドールなど モルヒネオキシコドンフェンタニルなど

 
この除痛ラダーに切り込んだ論文が発表されました。
Randomized Trial of Low-Dose Morphine Versus Weak Opioids in Moderate Cancer Pain. - PubMed - NCBI
J Clin Oncol. 2016 Feb 10;34(5):436-42
目的:がん性疼痛のマネージメントはWHOのガイドラインでは、3段階の除痛ラダーが推奨されている。中等度の痛みに対して、第2段階の弱オピオイドと第3段階の低用量の強オピオイドのどちらが良いか決定するデータが不足している。

研究デザイン:多施設オープンラベルRCT
P:中等度のがん性疼痛の成人患者240名
E:低用量モルヒネn=118
C:弱オピオイドn=122
O:レスポンダーの数(レスポンダーの定義:疼痛強度20%減)
試験期間:28日

<結果>

低用量モルヒネ オピオイド odds risk(モルヒネvs弱オピオイド
疼痛強度20%減 88.2% 57.7% OR6.18(95%CI 3.12 to 12.24)

・治療開始1週間で有意に低用量モルヒネのほうが有意に疼痛改善
・疼痛強度30%減、50%減の割合も低用量モルヒネのほうが有意に高い
・効果不十分による治療法の変更は、弱オピオイドのほうが高頻度
・副作用頻度は両群で同程度


なんど弱オピオイドより、強オピオイドモルヒネを低用量で開始するほうが良いのでは?という示唆です。
たしかにコデインをがん性疼痛に使用するのはあまりお目にかかりませんね。トラマドールはどうでしょう。最近、がん患者さんの処方を受け付けてないので現場の情報に疎いのですが…。
ちなみにトラマドール製剤
トラムセット®はがん性疼痛には適応が無く、非オピオイド鎮痛薬で治療困難な非がん性疼痛、抜歯後疼痛に適応
トラマール®は非オピオイド鎮痛薬で治療困難ながん性疼痛、慢性疼痛に適応
ともにオピオイド鎮痛薬をはさんでからの開始というのが添付文書上の用法となっています。

WHO除痛ラダーのステップとは別に添付文書上にも投与するにあたってのステップが記載されていることがありますので保険上注意が必要です。
他の鎮痛薬はどうでしょうか?

オキシコンチン®、オキノーム®(オキシコドン):適応はがん性疼痛(非がん性疼痛は適応なし)。"オピオイド系鎮痛薬を使用していない患者には,疼痛の程度に応じてオキシコドン塩酸塩として10~20mgを1日投与量とすることが望ましい"と記載があることから、弱オピオイドをはさまなくて良いと解釈できます

MSコンチン®、アンペック坐剤®、オプソ内服液®(モルヒネ塩酸塩):がん性疼痛に適応(非がん性疼痛は適応なし)。投与開始にあたっての段階などについて記載なし。弱オピオイドをはさまなくて良いと思われます。

ややこしいのはこれでしょう、フェンタニル製剤
フェントス®、デュロテップMT®(フェンタニル)は適応ががん性疼痛と慢性疼痛があります。
ともに「他のオピオイド鎮痛剤が一定期間投与され、忍容性が確認された患者で、かつオピオイド鎮痛剤の継続的な投与を必要とする癌性疼痛及び慢性疼痛の管理にのみ使用すること」との記載あり
がん性疼痛:モルヒネオキシコドン、他のフェンタニル製剤(3日貼付型⇔1日貼付型)からの切り替え
慢性疼痛:モルヒネコデインからの切り替え
(↑切り替え時の投与量も詳しく記載されていますが詳細はややこしいので添付文書をご確認ください。)

慢性疼痛において、トラマドールやブプレノルフィン貼付剤からの切り替えについて記載がないですが、どうなんでしょうね。弱オピオイドコデインからの切り替えがアリならトラマドールもアリでは?と思うのですが…。慢性疼痛においてオキシコドンの記載がないのはオキシコドンががん性疼痛にしか適応がないからでしょう。経口モルヒネはおそらく、非がん性疼痛にも適応があるモルヒネ塩酸塩錠®を指しているのだと思います。

ちなみに慢性疼痛に用いるフェンタニル貼付剤、ブプレノルフィン貼付剤は処方医の適正使用講習e-learningの受講が義務づけられています
薬局としては、
ノルスパン®:登録薬局として施設登録が必要、処方医がe-learningを受講状況確認(ネット上で可能)
ノルスパン®テープ適正使用推進WEBサイト Norspan.jp

デュロテップMT®:患者より確認書を受け取り内容を確認(確認書がなければ、下記メーカーの適正使用3ページの指示どおり対応)
http://www.jshp.or.jp/cont/11/0630-1-2.pdf

フェントス®:患者より確認書を受け取り内容を確認(確認書がなければ、下記メーカーの適正使用3ページの指示どおり対応)
http://www.jshp.or.jp/cont/14/0703-2-2.pdf



がん性疼痛の治療に関してはこちらの厚生労働省のサイトが参考になります(医療用麻薬の管理についても記載あり)
医療用麻薬適正使用ガイダンス〜がん疼痛治療における医療用麻薬の使用と管理のガイダンス〜|厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/dl/2012iryo_tekisei_guide.pdf
がん性疼痛のステップとしてはこちらの図3-2がわかりやすいでしょうか。
モルヒネオキシコドンオピオイド未使用者にも使えるということですね。

保険上の縛りもないとなると、今回とりあげた文献のとおり、中等度のがん性疼痛に対しては、弱オピオイドを投与し、それでも駄目なら強オピオイドへ。というステップを取る必要はなさそうです。


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