pharmacist's record

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過敏性腸症候群(IBS)に対するプラセボ効果

The placebo effect in irritable bowel syndrome trials: a meta-analysis. - PubMed - NCBI
Neurogastroenterol Motil. 2005 Jun;17(3):332-40.
背景:プラセボ対照ランダム化比較試験において、過敏性腸症候群(IBS;irritable bowel syndrome)に対するプラセボ効果は高いとされているが、その変動性(variability)や予測因子(predictors)はほとんど知られていない

研究デザイン:RCTのメタアナリシス
RCTの選定基準:20名以上のIBSを対象、治療期間2週間以上、アウトカムはIBSの総合的な症状の改善


評価者バイアス:Two independent and blinded reviewers(SMP and SMO) performed data extraction(2名のレビュアが独立してデータを抽出)
出版バイアス:
Although Begg’s test (P ¼ 0.140)and Egger’s test (P ¼ 0.071)did not strictly reject the hypothesis of no publication bias, Begg’s funnel plot suggested the absence of small, negative studies
(Begg’s testとEgger’s testは出版バイアスがないという仮説を厳密に棄却しなかったが、Begg’s funnel plotはsmall, negative studiesが存在しないことを示唆)
言語制限あり(英語)

<結果>
45RCTが選定、総被験者数7101名(プラセボ投与3352名)

プラセボ応答率:16.0~71.4%
population-weighted average 40.2%(95%CI 35.9–44.4)

実薬群の応答率:28.0~93.3%
population-weighted average 54.1%(95%CI 48.5–59.8)

実薬と比較したプラセボの応答率のオッズ比:0.55(0.45–0.67)

診断基準により、プラセボ応答率が異なる
ROME基準を用いた研究では、プラセボ応答率37.6%
Manningやその他の基準を用いた研究では、プラセボ応答率46.5%

受診回数(office visits)とプラセボ応答率に関連あり
受診回数が多いほうがプラセボ応答率が減少(受診回数1回増加で、プラセボ応答率4.4%減少)

<結語>
IBSの全体的な改善度を評価したプラセボ効果は非常に多様であった。
より厳格な診断基準や、受診回数の増加はプラセボ効果が低かった



Defining the predictors of the placebo response in irritable bowel syndrome. - PubMed - NCBI
Clin Gastroenterol Hepatol. 2005 Mar;3(3):237-47
背景:IBS臨床試験においてプラセボは50%程度の高い応答率を示す。心理的な介入(psychologic intervention)が治療に重要とされる疾患で、プラセボが心理的な効果があるとされる。しかし病理学的変化を伴う疾患においても、プラセボ効果が確認されている。
各疾患のプラセボ応答率は、
うつ病:30%–44%
消化性潰瘍(peptic ulcer):36%–44%
潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis):30%
パーキンソン病:20.7%


研究デザイン:RCTのメタアナリシス
RCTの選定基準:IBS患者を対象(10名以上)、試験期間1週間以上、アウトカムはIBSの全体的な改善度と腹痛の軽減
出版バイアス:言語制限あり(英語)(文献の除外理由としてnon-englishの記述あり)。funnel plotなどの記述については見当たらず。


<結果>
84RCTを分析
53RCT:全体的な改善度
39RCT:腹痛の軽減
8RCT:全体的な改善度と腹痛の軽減

プラセボ応答率

全体的な改善度 36%
腹痛の軽減 28%

詳細はtable1,table2

プラセボ応答率に影響する因子

Variable Global response Decreased abdominal pain
介入の頻度(Frequency of intervention) r=0.31, p=0.03 r=0.39,p=0.02
実薬の治療効果(Overall treatment effect) r=0.31,p=0.03 r=0.40,p=0.01
研究期間(Duration of study) r=0.28,p=0.04 r=0.14,p=0.39
診察回数(Number of doctor visits) r=0.08,p=0.59 r=-0.05,p=0.75
年齢 r=−0.25,p=0.09 r=−0.38,p=0.04
導入期間(Duration of run-in period) r=0.16,p=0.26 r=−0.33,p=0.04

※run-in period:ランダム化前の導入期間。治療継続が難しい患者が脱落するのでランダム化後の脱落が減る。ただし、結果の適用が限定される。

※r(相関係数)について 0~±1の値となり、一般に±0.5以上で相関が強いと概評
OAB治療薬の併用は有効? - pharmacist's record

<結語>
IBS患者においてプラセボ応答率は頻回の介入(投与)、実薬の効果の強さが相関する。IBS患者の治療において、プラセボ効果を期待し、投与回数を増やすことにより治療反応率を最大に高めることができるかもしれない



<感想>
2つのメタナアリシスに目を通しましたが、IBSにおいてはプラセボ効果の寄与も大きいようです。
自分が読んだ限りでは、抗うつ薬プラセボ応答率が高かった印象があります(小児/青年における抗うつ薬の使用について - pharmacist's record

日本消化器病学会の「機能性消化管疾患診療ガイドライン 2014-過敏性腸症候群IBS)」(←Mindsに公開されています)においても、IBSに対するプラセボ効果は有効であり、医師と患者の関係を築くことが重要としています。

1点、気になるのが、受診回数がプラセボ効果に寄与していないことです。
1つ目の文献では、受診回数の増加がプラセボ効果を低下
2つ目の文献では、診察の回数(doctor visits)は相関係数は低いです。

ガイドラインにおいては、2つ目の文献について、「受診回数の多さはプラセボ反応率を高くする」と述べていますが、フルテキストを読む限り、Frequency of interventionは投与回数ではないかな?と。
the more frequently the study intervention was administeredと本文に記載されていますし、別途、Number of doctor visitsという項目があるからです。
論文の結論としてもmore frequent dosingがプラセボ効果を高めると述べられています。

もちろんプラセボ効果を高めるには、医師と患者の関係性が重要だと思いますが、このメタアナリシスが示唆しているのは投与回数の多さではないかなぁという印象です。

2つ目の文献から、年齢によるプラセボ効果の違いも示唆されています。
年齢が若いほうがプラセボ効果が高い傾向にあるようです。


プラセボ効果のメタアナリシスを読んでみましたが、プラセボ効果に寄与する因子を解析し、実臨床への応用まで考察している点がすごいなと思いました。
薬理作用+プラセボ効果=患者への効果
ということですね。
そんなのプラセボ効果だよ、と切り捨てるのではなく、プラセボ効果をうまく利用していくことが患者さんのメリットに繋がるのではないでしょうか。


追記---------------------
これらのメタアナリシスで導き出されたプラセボ効果は本当にプラセボ効果なのかな?という疑問がわきました。
実薬群とプラセボ群のRCTを集めて解析したようなので、無治療との比較はしてないんですよね…?もし治療無しでもプラセボと同じくらいの改善が認められれば、それはプラセボ効果ではなく、単なる自然寛解ということになります。

IBSは自然治癒は難しいかな?と思うのですが、症状の波はあるかもしれません。
それなりのプラセボ効果は期待できるとは思いますが、メタアナリシスで導き出された数値は、自然経過による寛解も見込まれているということは留意しておく必要があると思います。