他院からの転院の症例:COPDと前立腺肥大の合併にてLAMA/LABA/ICSを吸入、α1遮断薬服用。それぞれ別の医院から処方されていた模様。
このようなケースはよくあるのでしょうか。尿閉のリスクはどうなのか?保険請求(突合点検)の査定は?
α1遮断薬などの治療にて前立腺肥大による排尿障害は改善され、コントロールが出来ている旨のコメントをつければ査定されないという話も耳にしましたが、県によって異なる可能性もあります。保険請求に関わることはメーカーさんも明言できないことが多いようです。
尿閉リスクについて論文を探してみました。その前に、COPDの薬物治療の概略を簡単に。
タバコなどの有害物質を長期に吸い込むことで、気管支や肺胞に障害を起こし、空気の出し入れがしにくくなる進行性の炎症性肺疾患。
主な症状:呼吸困難(息切れ)、咳、痰など。(気道粘液産生増加による咳や痰などの自覚症状がないこともある。)
診断基準:他の気流閉塞をきたす疾患が除外され、気管支拡張薬投与後のスパイロメトリーで1秒率(FEV1 / FVC)が70%未満であること。
スパイロメトリー:マウスピースと導管、空気量を測定する装置で構成されるスパイロメーターを用いた呼吸機能検査。最大限に吸気させた状態から、一気に息を吐き出させ、その吐き出した量を測定(努力肺活量測定)。胸いっぱいに息を吸い込み、最初の1秒間で出来るだけ多く、強く速く最後まで息を吐ききるのが大事。
FVC(努力肺活量):最大限に吸気したあと、最大限に吐き出した排出量
FEV1(1秒量):努力肺活量のうち最初の1秒間に吐き出した量
FEV1%(1秒率):FEV1 / FVC (70%未満→COPD)
※COPDは呼気性障害(吸うことはできるが、吐き出せない)であり、FEV1やFEV1%が低下する。
FEV1予測式(FEV1-J 式)
男性FEV1(L)=0.036×身長(cm)-0.028×年齢-1.178
女性FEV1(L)=0.022×身長(cm)-0.022×年齢-0.005
30歳男性、身長170cm→4.1L
70歳男性、身長170cm→ 3.0L
30歳女性、身長170cm→3.1L
<薬物療法>
第一選択:LAMA or LABA(ガイドライン第4版にてLABAがLAMAと同等の扱いに)
その後のステップはLAMA/LABA併用(テオフィリン追加)、吸入ステロイド追加となる。
LABA(長時間作用型β2刺激薬):サルメテロール(セレベント)やツロブテロール(ホクナリンテープ)は効果発現が遅い。ホルモテロール(オーキシス)、インダカテロール(オンブレス)は効果発現が早い。
LAMA(長時間作型抗コリン薬):チオロトピウム(スピリーバ)、グリコピロニウム(シーブリ)ともに1日1回製剤。スピリーバレスピマットのみ重症持続型の喘息に適応あり(吸入用カプセルは適応なし H27.4時点)
本題のLAMAの禁忌事項ですが、チオトロピウムもグリコピロニウムも同じで、閉塞性隅角緑内障と、前立腺肥大等による排尿障害のある患者は禁忌です。
“排尿障害のある”と記載されており、コントロールされていれば慎重投与に該当するのでしょうか(慎重投与の項目には、前立腺肥大のある患者と記述)。
ちなみに、米国の添付文書では前立腺肥大は禁忌扱いではなく、警告および使用上の注意として尿閉のリスクについて記載されています。
Boehringer Ingelheim: Prescription Medication Products and Information
さて、論文です。
Arch Intern Med. 2011 May カナダの症例対照研究
66歳以上のCOPD患者を対象とした吸入抗コリン薬(IACs)による急性尿閉(AUR:Acute Urinary Retention)を評価した研究で、前立腺肥大(BPH)との関連も検討。
①IACsの新規投与vs非投与:OR 1.42(95% CI 1.20-1.68)
②IACsの新規投与(BPHあり)vs非投与:OR 1.81(95% CI 1.46-2.24)
前立腺肥大があると、IACsによる尿閉リスクが1.42→1.81倍と増加。
30日間の尿閉発症率は24人/10000人、これをベースラインとして、BPHあり、IACs使用→NNH514(95% CI, 336-905).
180日間の尿閉発症率は79.2人/10000人、これをベースラインとして、BPHあり、IACs使用→NNH263 (95% CI, 200-361).
※女性は有意差なし
※SAMA/LAMA併用は単独使用時よりも尿閉リスク増
Inhaled anticholinergic drugs and risk of acute urinary retention. - PubMed - NCBI
BJU Int. 2011 Apr 45歳以上のCOPD患者に対する吸入抗コリン薬(IACs)の使用と急性尿閉(AUR)のリスクを検討した症例対称研究。
22579人中209例でAUR発症。
IACs投与により、AURリスクが40%増加。OR1.40(95% CI 0.99-1.98)。
IACs投与初期がリスク高。LAMAとSAMAのリスクは同等。
BPHでは、OR4.67(95% CI 1.56-14.0)と関連が強い。
IACsの吸入方法は、ネブライザー使用がリスク高(MDIやドライパウダーと比べて、きちんと吸入されているとも考えられる?)
フルテキストのTable2が興味深いです。交絡因子を考慮する必要はありますが(α遮断薬は交絡因子としてBPHあり?)、TCAや抗ヒスタミン薬、麻薬性鎮痛薬もリスク因子となります。
Pulm Pharmacol Ther. 2008 Dec
BPHとのCOPD患者における下部尿路機能に対するチオトロピウムの効果を検討した日本の前向きパイロット研究。
アウトカム:国際前立腺症状スコア(IPSS)、QOL index
急性尿閉の発症はなく、IPSSに有意差無し。BPH患者でも下部尿路機能に影響を及ぼさずに安全に投与できる可能性を示唆。
前立腺肥大のある患者へのLAMAの吸入は尿閉のリスクが増加すると考えられますが、絶対的禁忌といえるほどのリスクではないようにも見受けられます。添付文書の禁忌項目「前立腺肥大等による排尿障害のある患者」とは、排尿コントロールができている患者には使用可と考えて良いのでしょうか?
ガイドライン改訂にてLABAの有効性が認められ、LAMAと同等の推奨度となりましたので、前立腺肥大ありの軽度COPDの第一選択薬はLABAで良いのかなと思いますが、重度のCOPDはどうすべきでしょうか。前立腺肥大の患者に吸入抗コリン薬が添付文書のとおり一律使用不可となってしまうとなると、治療の選択肢が狭められてしまうことになります。 どうも添付文書は表現が曖昧で、明確な指標を示してくれない傾向にある気がします。前立腺肥大の重症度とCOPDの重症度を天秤にかけてリスクとベネフィットを考えて投与可否を検討する必要がありますが、その判断はすべて現場にゆだねられているというのが現状ではないでしょうか。