pharmacist's record

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“コレステロール摂取制限必要なし”??

 先日のネットニュースで“コレステロール摂取制限必要なし”といった信憑性を疑う記事がありました。米国がそのような見解を発表したと…。本当でしょうか。

 調べてみると、米国の「Dietary guidelines for Americans(米国人のための食生活指針)」よりコレステロールを多く含む食品の摂取制限に関する文言が削除される見通しのようですが、飽和脂肪酸については厳しく制限すべきとのことです。ネットニュースでは飽和脂肪酸は制限するという記載がなかったので、多くの誤解を招いてしまったのではないかと思います。何千人もの人達がその記事をシェアしていましたし…。

具体的に、どういう食品かというと、

コレステロールを含む食品〉

 卵、レバー、バター、乳製品、マヨネーズ、いくら、たらこ、しらす、ししゃも、海老、うなぎ、いか、たこなど 

飽和脂肪酸を含む食品〉

肉の脂身、サラミ、チョコレート、ケーキ、ポテトチップス、カップ麺、生クリーム、チーズ、バターなど。

※あくまで参考としてピックアップしました。上記のコレステロールを多く含む食品は過剰摂取して良いとは限りません。マヨネーズやバターはトランス脂肪酸によるリスクが懸念されています。

 

 体内のコレステロールのうち、食事由来のコレステロールは全体の15~30%で、残りは肝臓で合成されます(1日あたり12~13mg/kg)。摂取されたコレステロールは40~60%程度が吸収されるのですが、取りすぎると、肝臓での合成が抑えられ、摂取が少ないと合成が亢進するという調節機構も存在します。

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC424515/

J Clin Invest. 1987 Jun 古い論文ですが、血中コレステロールは、食事性コレステロールの量よりも、摂取する脂肪の質が影響するとの考察です。

 米国のガイドラインの改定案では、食事由来のコレステロールと血中コレステロール値との間に明確な相関がないとし、コレステロールの摂取制限を撤廃しようという結論に至ったようです。日本の動脈硬化ガイドライン2012ではコレステロール摂取量を200mg/日未満とする、となっており、制限撤廃については賛否が分かれるかと思います。

 

 脂肪酸とは

エネルギーをつくる三大栄養素(炭水化物、たんぱく質、脂質)の1つである脂質の構成成分。炭素と炭素の繋がり方によって分類される。

三大栄養素の摂取比率はたんぱく質13~20%、脂質20~30%(飽和脂肪酸7%以下)、炭水化物50~65%(日本人の食事摂取基準2015より)。脂質の主な働きはエネルギー源となる、細胞膜の構成成分となる、脂溶性ビタミンの吸収を助ける等。

 

飽和脂肪酸SFA

ステアリン酸、パルミチン酸など。パーム油、肉の脂身、ラード、バターなどに含まれる。

総エネルギー比4.5%以上7%未満(動脈硬化ガイドラインより。極端に少ないと脳出血が増えるというデータがあるため下限値も設定)。過剰摂取は悪玉コレステロールLDLや中性脂肪TGを増やし、冠動脈疾患リスクとなる。インスリン抵抗性との関連が示唆されており、糖尿病発症のリスクとなる可能性がある。

 

一価不飽和脂肪酸MUFA

オレイン酸など。オリーブ油、ナッツ類などに含まれる。

飽和脂肪酸から生体内で合成できるので必須脂肪酸ではない。HDLを下げずにLDLを下げると言われている。過剰摂取してもLDL増加・HDL減少はみられないという報告あり。多価不飽和脂肪酸と違って酸化されにくい。

冠動脈疾患などの疾患との関連は研究によって結果が一致していないため目標の上限下限は設定されていないが、過剰摂取は避けるべきとされている。

 

多価不飽和脂肪酸PUFA

〈n-6系脂肪酸(ω6系脂肪酸)〉

リノール酸、γ-リノレン酸、アラキドン酸など。生体内で合成できない必須脂肪酸。食品で摂取する大部分はリノール酸で、大豆油、コーン油などの植物油に含まれる。

摂取目安量は年齢・性別により異なるが、4~13g/日。乳児期がもっとも少なく、思春期がピーク。摂りすぎるとLDLだけでなくHDLも下げる。

〈n-3系脂肪酸(ω3系脂肪酸)〉

α-リノレン酸:調理油(アマニ油、えごま油、大豆油)、くるみなどに含まれる。α-リノレン酸は酸化しやすいので調理油は開封後ははやめに使い切る。

DHAEPA:青魚、魚油に含まれる。

体内に入ったα-リノレン酸は一部EPADHA に変換される。生体内で合成できず、不足すると皮膚炎などを発症。摂取目安量0.7~2.4g/日(成人では2g前後)。n-3系の積極的な摂取により冠動脈疾患、脳卒中、糖尿病などのリスク減が示唆されている。

 

DHAEPAの有効性について着目したいと思います。 

Intake of fish and n3 fatty acids and risk of coronary heart diseas... - PubMed - NCBI

Circulation. 2006 Jan JPHC Study(多目的コホート)より

40~59歳の日本人を対象としたコホート研究です。

魚の摂取:週8回または1日180g摂取により、週1回または1日23gの低摂取と比較して、冠動脈疾患HR0.63(95%CI:0.38 to 1.04)心筋梗塞HR0.44(95%CI:0.24 to 0.81)とリスク低減が示唆されました。魚を多く摂取している方々は、食生活がきちんとしており、全体的に栄養バランスがよいような印象があります。偏見かもしれませんが、そのような交絡因子もあるかもしれません。

 

n-3 fatty acids in patients with multiple cardiovascular risk factors. - PubMed - NCBI

N Engl J Med. 2013 May DB-RCT。追跡期間5年。

P:イタリアの心血管リスクまたはアテローム性動脈硬化疾患の患者(心筋梗塞の既往はない)12,513名。

E:n-3脂肪酸 1日1g摂取

C:プラセボとしてオリーブオイルを摂取

O:死亡、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中

結果は、HR0.97; 95% CI:0.88 to 1.08; P=0.58). 

 まさかの有意差無しです。研究の質としてはコホートよりRCTの方が高いと認識しています。未熟な解釈かもしれませんが、n-3脂肪酸の摂取は直接的なリスク低減を示さず、魚として摂取することが大事なのではないかと思います。n-3系脂肪酸のサプリメントをとっているから、暴飲暴食していいという考えは危険だという感じでしょうか。日本で医薬品として販売されているn-3脂肪酸の薬に対するネガティブな意見は、こういった論文の影響もあるのではないかと思います。

 

トランス脂肪酸

常温で液体の植物油(不飽和脂肪酸)を加工して固形油(飽和脂肪酸)を製造する際にできる炭素結合の周りの構造がトランス型の脂肪酸(通常はシス型)。牛など動物の体内でも作られる。

天然:牛肉、乳製品(バターなど)

加工品:マーガリン、ファストスプレッド、ショートニング、クリームなど。(精製した植物油にも微量に含まれている)

ショートニング:常温で固まる固形油脂。カリッとサクサクした食感がありお菓子づくりに使われる。ケーキ、ドーナツ、クッキー、ビスケット、フライドポテトなどに用いられている。

とくに問題となるのが、加工品のトランス脂肪酸。LDLの増加、HDL減少、冠動脈疾患リスクを高めるという報告があり、WHOが定めた基準量は総エネルギー量の1%未満(約2g)。日本の摂取量推定の研究では平均摂取量はWHOの基準を下回っていたが、食生活の欧米化により摂取量が増えていく可能性あり(米国のほうが摂取量が多い)。

 

 厚生労働省農林水産省のデータを元にまとめましたが、さまざまな脂肪酸があり特徴が異なっています。疾患との関連も各々の研究によって結果が一致していないケースもあり、コンセンサスが得られていない部分も多いように思います。 

 SFA、MUFA、PUFAの比率は3:4:3、n-6系とn-3系の比率は4:1が良いとされており、トランス脂肪酸は摂取する必要はない食品と考えられています。

 

 最後に、個人的に気になる食品である卵について調べてみました。

卵は完全栄養食品とも言われ、必須アミノ酸を含んだ良質なたんぱく質、カルシウム、鉄分、ビタミンなどが豊富ですがコレステロールが多い食品としても知られています。

Egg consumption and risk of coronary heart disease and stroke: dose... - PubMed - NCBI

BMJ2013 Jan 卵の摂取量と冠動脈疾患・脳卒中の関連を調査したコホート研究のメタ解析

1日あたり1個の卵摂取は、冠動脈疾患や脳卒中のリスク増加と関連なし。

サブ解析にて、糖尿病の場合は、1日あたり1個の卵摂取が冠動脈疾患のリスク増加と関連あり。

 他の研究では多少結果が異なるかもしれませんが、健常者にとって1日1個程度の摂取は体に悪影響はなさそうです。コレステロールを気にして、コレステロール含有量が多い卵を控えるよりは、トランス脂肪酸の多いマーガリンやショートニングを多く使っている洋菓子などを控えたほうが健康的かと思います。

 食事の話になると、良い食べ物・悪い食べ物と極論に走りがちですが、食べ物によって良い部分、悪い部分があるので、偏りがなくバランスの良い食生活が大事です。