pharmacist's record

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新型コロナに対する「トシリズマブ」(製品名アクテムラ)の件

こんなニュースが流れていました
コロナ重篤患者 日本で開発の薬投与で死亡率低下 英で研究成果 | 新型コロナウイルス | NHKニュース
新型コロナウイルス重篤となった患者に、日本で開発された関節リウマチの治療薬を投与することで、死亡率が下がった」
「結果を受けてイギリス政府は、重症患者に「アクテムラ」などを使うよう推奨する方針をウェブサイトで示しました」
だそうです。

ググッてみると、ほかにもニュースがちらほら
www.nikkei.com

商品名も明記されていますね。過剰な期待が集まり、本来の目的で使用している患者さんの分が足りなくなってしまうことのないように調整していただきたいところですが…

まあ、イソジンのときと違って、処方せんでしか手に入らない注射薬なので一般の方が殺到することはないでしょうし、「重症例につかう」と書いてあるのでむやみやたらな乱用に繋がることはないかな。

さて、この薬は本当に効くのでしょうか。
上記メディアには、死亡率が35.8% vs 28%と具体的な数値が記載されているものの、出典の明記がありません。イギリスの大学が発表したとだけ書いてありますね。

英語でググってみると、
Covid Deaths Lowered in Trial of Tocilizumab and Sarilumab - The New York Times
さすがニューヨークタイムズ
しっかり出典のリンクが書いてあります。日本のメディアも見習ってほしいですね。

www.medrxiv.org
どうやらプレプリントのようです(プロトコルRandomized, Embedded, Multifactorial Adaptive Platform Trial for Community- Acquired Pneumonia - Full Text View - ClinicalTrials.gov)。
プレプリントなのでビジアブ化はしませんが、ざっくり言うと
【RCT】
対象:ICU入室24時間以内の成人COVID-19患者
院内死亡率
・tocilizumab 28.0% (98/350人)
・sarilumab 22.2% (10/45人)
・通常ケア 35.8% (142/397人)

ongoing trialって書いてあるので途中経過なんでしょうか?

プライマリアウトカムは
The primary outcome was an ordinal scale combining in-hospital mortality (assigned −1) and days free of to day 21.
ということで、ちょっとわかりにくいのですが、院内死亡率とICUでの治療期間を組み合わせたものらしい。

プラセボではなく、通常ケアとの比較ということは盲検化はされていないようですね。プロトコルの方にもオープンラベルと書いてあります。
重症例のCOVID-19にプラセボ効果が強く発揮されるとは思っていませんが(なんとなく)、オープンラベルであることにより治療内容に微妙な違いが生じていないかどうかが気になるところです。



他のエビデンスは出ていないのかが気になりますね。
PubMed(PubMed)をつかって、パブってみましょう。
コロナ関連の質の高いRCTがPubMedに載らないってことは考えにくいので、パブればすべてのエビデンスを網羅できるはず。

まず、「tocilizumab covid-19」でパブってみましょう。
f:id:ph_minimal:20210111160852p:plain
781件もヒットしてしまったので、絞り込んでみましょう。

RCTの論文を探したいので、"Clinical trial"にチェックをいれてみます。
f:id:ph_minimal:20210111144845p:plain
f:id:ph_minimal:20210111160912p:plain
検索結果が8件に絞り込まれましたね。

一番上にあがっていたのがこちら
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
N Engl J Med. 2020 Dec 10;383(24):2333-2344.PMID: 33085857
NEJM(インパクトファクターが一番高いやつ)じゃないですかッ!

さっそく、ビジアブ化してみましょう
f:id:ph_minimal:20210111160634p:plain

こちらは重症例を対象とした試験ではなく、気管挿管には至っていない中等症の患者さんが対象でした。
対照群にプラセボを使用しており、しっかりと盲検化されていたようです。
この2点が前述のプレプリントの試験結果との違いでしょうか。

プライマリアウトカムは死亡or挿管
ハザード比は0.83(95%CI, 0.38 to 1.81; P = 0.64)です。
2%ほど少ない傾向にはありますが、信頼区間の幅がかなり広く、有益なのか有害なのかわからないという結果でした。

ちなみに疾患の悪化(worsening of disease)は、
ハザード比1.11(95% CI, 0.59 to 2.10; P = 0.73)

有害事象の報告数に差があるのは、「好中球減少症(Neutropenia)」ですね
トシリズマブ13.7%、プラセボ1.2%

しかし、「重篤感染症(Serious infections)」は
トシリズマブ8.1%、プラセボ17.3%と、トシリズマブで減少傾向

臨床的な影響はちょっとよくわかりませんね。


さて、ここらでまとめに入りましょう

・重症例にトシリズマブが効くかもしれない
(イギリス政府が重症患者に推奨、プレプリント論文、盲検化ナシ)

気管挿管していない中等症に対してはおそらく効果はなさそう
(NEJMの論文より)

というところでしょうか。みなさんはどう思われました?
個人的には「特効薬だ!」みたいなのとはちょっと違うんではないの?って感じです。
むやみに期待を持たせるような報道は控えていただきたいですね。

前述のニューヨークタイムズ(Covid Deaths Lowered in Trial of Tocilizumab and Sarilumab - The New York Times)を読み返してみたところ、一方的な書き方ではなく、さまざまな研究者の意見を引用しつつ、安易に結果に飛びつかないような慎重な書き方をしています。

Dr. Lauren Henderson, a rheumatologist at Boston Children’s Hospital
“I guess I would interpret with caution until this was published in a peer-reviewed journal,” (査読つきのジャーナルに出版されるまで、慎重に解釈する)

Dr. Emma Kaplan-Lewis
She has helped to conduct trials on tocilizumab, including one that didn’t show an improvement in patient survival, but wasn’t involved in the new study.
“My general impression is that tocilizumab and sarilumab do work for some patients,” she said. “But there is a sweet spot — it’s not for everybody, at all times.”(一部の患者に効くかもしれないが、すべての人に効くわけではない)

あと、NIHのガイドラインでは推奨されていないようです(今後のエビデンスによって変わってくるかもしれませんが)。

www.covid19treatmentguidelines.nih.gov
「The Panel recommends against the use of anti-IL-6 receptor monoclonal antibodies (e.g., sarilumab, tocilizumab) or anti-IL-6 monoclonal antibody (siltuximab) for the treatment of COVID-19, except in a clinical trial (BI).」(2021.1.11時点)

こんなところまで網羅的に情報を収集して、記事を書いているわけですね。

報道はこうあるべきって感じの記事でした。
さすがですねぇ~
関心しました!