pharmacist's record

日々の業務の向上のため、薬や病気について学んだことを記録します。細心の注意を払っていますが、古い情報が混ざっていたり、記載内容に誤りがある、論文の批判的吟味が不十分であるといった至らない点があるかもしれません。提供する情報に関しましては、一切の責任を負うことができませんので、予めご了承ください。また、無断転載はご遠慮ください。

亜鉛欠乏症(味覚障害)

「おいしいものを食べる」というのは数少ない楽しみの一つとなりつつある今日この頃ですが、味覚に異常をきたす疾患があります。
たとえば、亜鉛欠乏による味覚障害があげられます。

亜鉛欠乏症

亜鉛が欠乏すると、味蕾(味を感じる部位)の味細胞の新生交代が遅延し、味覚障害の原因となる
その他の症状として、皮膚炎、食欲不振、脱毛、貧血、慢性下痢、性機能低下、免疫低下、褥瘡(高齢者)、倦怠感、口内炎など

亜鉛の生理作用>
酵素の活性化
・皮膚の新陳代謝、創傷の修復促進(褥瘡発症に亜鉛欠乏が関与)
・たんぱくや核酸の合成に関与し、成長、発育に対する作用
インスリンや性腺ホルモンなどの合成、分泌、機能に関与
・舌の味蕾を形成


<血清亜鉛値の評価>
エビデンスに基づいた血清亜鉛値による亜鉛欠乏症の診断基準値
Biomedical Research on Trace Elements Vol. 18 (2007) No. 1 P 54-62
上記文献によると、

真の亜鉛欠乏 境界値 正常値
血清亜鉛値(μg/dL) 60未満 60~79 80以上

上記数値は午前測定値。
日内変動があり、午後に測定すると10μg/dL程度低い値となる

重篤副作用疾患別対応マニュアル「薬物性味覚障害」においては、〝診断は一般的には、血亜鉛値は 69μg/dl 以下を低値とする”と記載



亜鉛の摂取量>
亜鉛1日摂取推奨量:約9mg(成人男性10mg、成人女性8mg 70歳以上:-1mg 妊婦:+2mg 授乳婦:+3mg)
(日本人の食事摂取基準2015年版より)

亜鉛を多く含む食品>
牡蠣、ほたて、チーズ、肉類(とくに牛肉、赤身の多い部位)、うなぎ、卵黄、ココア、抹茶、煮干し、するめ、カシューナッツなど

具体的な含有量はこちら
味覚障害
日本耳鼻咽喉科学会会報Vol. 110 (2007) No. 5 P 428-431
牡蠣5~6個で亜鉛約8mgと圧倒的に多い。
牛のもも肉100gで亜鉛4.2mg
うなぎ1串1.6mg
ほたて貝70gで1.8mg
と、肉類や魚介類に多い。
その他、
カシューナッツ20gで1.1mg
プロセスチーズ2枚40gで1.3mg
など。


亜鉛欠乏の要因>
ポリリン酸ナトリウム:インスタント食品やスナック菓子、清涼飲料水に含まれる食品添加物亜鉛を体内から排出する作用あり。

フィチン酸:変質を防止する食品添加物。豆類や穀類にも含まれる、。亜鉛とキレートをつくり腸管からの吸収を妨げる。
→①亜鉛が含まれない加工食品には上記のような食品添加物が含まれており、加工食品に偏った食事は亜鉛欠乏の原因となる。
→②菜食主義者はフィチン酸を含む豆類・穀類を多く摂取しており、亜鉛吸収を高める肉類を摂取しないので亜鉛を不足しやすい。

過度な飲酒:アルコールの分解に亜鉛が使われる

吸収不良:消化器疾患(潰瘍性大腸炎クローン病など)、慢性膵炎、胃・十二指腸切除

慢性の下痢:亜鉛の喪失


亜鉛キレート作用のある薬剤>

利尿剤 サイアザイド系、フロセミド、スピロノラクトン
降圧剤 カプトプリル、メチルドパ
抗生剤 テトラサイクリン、リンコマイシン
結核 エタンブトール、イソニアジド
その他 ペニシラミン、メトクロプラミド、チアマゾール、レボドパ、フルオロウラシルなど

(日本口腔・咽頭科学会 Vol. 16 (2003-2004) No. 2 P 173-179 より)


亜鉛欠乏症の治療>
ポラプレジンク150mg/日(亜鉛として約34mg)(適応外)


ポラプレジンクは胃潰瘍治療剤ですが、亜鉛を含有しており、亜鉛欠乏を改善することで味覚障害に適応外使用されています。

添付文書上、効能に記載はないのですが、
薬剤|社会保険診療報酬支払基金
社会保険診療報酬支払基金の審査情報にて、薬効コード232番にポラプレジンクの記載あり
「原則として、ポラプレジンク【内服薬】を「味覚障害」に対して処方した場合、当該使用事例を審査上認める」
すべての個別診療内容に係る審査において、画一的あるいは一律的に適用されるものではないことに留意とのこと

正式に適応となったわけではないようで必ず保険が通るかなんともいえませんが、2013年9月にこのような通知があったということは覚えておきたいと思います。


では、ポラプレジンクの有効性を調べてみたいと思います。
A zinc-containing compound, Polaprezinc, is effective for patients with taste disorders: randomized, double-blind, placebo-controlled, multi-center... - PubMed - NCBI
Acta Otolaryngol. 2009 Oct;129(10):1115-20
多施設DB-RCT
目的:突発性味覚障害(血清亜鉛低値を含む)に対する亜鉛化合物の有効性と安全性を評価
P:突発性味覚障害109名
E:亜鉛として1日17mg(n=27)、34mg(n=26)、68mg(n=28) ポラプレジンク製剤経口投与
C:プラセボ(n=28)
O:有効性と安全性? 明確な記載なし
試験期間:12週

結果
68mg投与群はプラセボと比較して味覚感度が有意に改善


ということですが、もうちょっとアブストラクトに詳しく結果を記載してほしかったです…。


Causative factors of taste disorders in the elderly, and therapeutic effects of zinc. - PubMed - NCBI
J Laryngol Otol. 2008 Feb;122(2):155-60. Epub 2007 Jun 25.
408名の味覚障害患者を年齢別に3群(49歳以下、50~64歳、65歳以上)に分けて解析

血清亜鉛値69μg/dL以下の割合
49歳以下 19%
65歳以上 33%

亜鉛投与の有効性は70%。高齢者においての有効性は74%でほぼ同等。
薬物性および全身性疾患による味覚障害の発症率は高齢者で有意に高いという結果。

こちらもアブストラクトしか閲覧できず、詳細なデータは不明。


亜鉛投与の安全性について>
消化器障害:亜鉛100~500mg/日、無影響量は100mg/日
HDL低下/LDL増加:50mg/日が無影響量
免疫能低下:過剰投与でも逆に免疫が低下する。無影響量は100mg/日
銅・鉄の吸収阻害:50mg/日が無影響量
安全量は37.8~150mg(体重60kg)
(口腔・咽頭科 Vol. 25 (2012) No. 1 p. 11-16 より)



亜鉛は肉類、魚介類などさまざまな食品に含まれており、健常者においてはインスタント食品ばかりといった偏食がなければ亜鉛の欠乏はなさそうですが、過度なダイエットなどもリスクとなるので要注意です。
逆に亜鉛サプリメントを過剰摂取すると、銅の吸収が阻害され銅欠乏による貧血をきたすこともあるので注意が必要です(第六次改訂栄養所要量において、銅と亜鉛の摂取バランスは1:6くらい)。食事はやはりバランスが大事だと思います。

亜鉛に関する詳細はこちら
Zinc — Health Professional Fact Sheet