善玉コレステロールと呼ばれるHDLは血管壁に溜まったコレステロールを回収し肝臓へ運ぶことで動脈硬化を防ぐと言われています。
逆に悪玉コレステロールと呼ばれるLDLは肝臓のコレステロールを末梢へと運び、動脈硬化を促進します。
脂質異常症の診断は、
HDL<40mg/dL
LDL≧140mg/dL
TG≧150mg/dL
のいずれかと満たす、となっています。
脂質異常症を放置すると、動脈硬化を促進し、
心筋梗塞(MI)、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症(ASO)、CKD、大動脈瘤
などの合併症を引き起こします。
高LDL血症にはスタチンの有用性が確立しており、AMIなどを防ぐエビデンスが多数報告されています。
では、低HDL血症はどうでしょうか(多くの場合、高TG血症を伴っており、高TG血症に準じた治療を行うとされています)。
HDL上昇作用があるとされているのはフィブラート、ニコチン酸誘導体などが知られています。
喫煙や運動不足はHDLの減少をもたらすため、禁煙と運動にてHDLの上昇が期待できますが、HDLを上げる目的での薬物投与は必要かどうか検討してみたいと思います。
Effect on cardiovascular risk of high density lipoprotein targeted drug treatments niacin, fibrates, and CETP inhibitors: meta-analysis of randomis... - PubMed - NCBI
BMJ. 2014 Jul
ナイアシン、フィブラート、CETP阻害薬によるHDLをターゲットにした治療の心血管リスクに対する効果を検討したメタ解析
アウトカム:心血管イベント(全死亡、冠動脈疾患(CHD)死、非致死的MI、脳卒中)
各種RCTの研究デザインがtable1~3に記載あり
ナイアシン:フォローアップは1~5年程度、スタチンに上乗せのスタディとスタチン未使用のスタディが混在、HDL増加率は平均20~30%程度
フィブラート:フォローアップは2年半~6年程度、ほとんどがスタチン未使用(Accord2010はスタチンに上乗せ)、HDL増加率は10%程度(データ無しや増加率一桁のスタディが多い)
CETP阻害薬:8ヶ月~2年半程度、ほとんどがスタチンに上乗せ、HDL増加率30~130%と高い
<結果>
各アウトカムのオッズ比OR(95%CI)
全死亡 | CHD死 | 非致死的MI | 脳卒中 | |
---|---|---|---|---|
ナイアシン | 1.03(0.92-1.15),P=0.59,I2=12% | 0.93(0.76-1.12) | 0.85(0.72-1.01) | 0.96(0.75-1.22) |
ナイアシン(スタチン未使用) | 0.86(0.65-1.14) | 0.75(0.48-1.18) | 0.69(0.56-0.85) | 0.78(0.61-1.00) |
フィブラート | 0.98(0.89-1.08),P=0.66,I2=33% | 0.92(0.81-1.04) | 0.80(0.74-0.87) | 1.01(0.90-1.13) |
CETP阻害薬 | 1.16(0.93-1.44),P=0.19,I2=12% | 1.00(0.80-1.24) | 1.05(0.93-1.18) | 1.14(0.90-1.45) |
有害事象についてsupplementary appendix7に記載あり
ナイアシンは皮膚の有害事象※1あり
CETP阻害薬のうちtorcetrapibは血圧上昇あり、Dalcetrapibは下痢が増加
※1
ナイアシンはニコチン酸とも呼ばれるビタミンの一種で、「ほてり」「ヒリヒリ感」「かゆみ」「顔面紅潮」などの症状「ナイアシンフラッシュ」がみられることがあります。これは高用量ナイアシン摂取によるプロスタグランジン類放出に伴う血管拡張によるものと考えられており、本文献でピックアップされた脂質改善を目的としたRCTではナイアシン必要摂取量(成人:10~15mg/日程度)の100倍近い高用量が投与されているためナイアシンフラッシュによる症状が有意に増加したと思われます。
(国内ではナイアシンの医療用医薬品はなく、ニセリトールなどのニコチン酸誘導体が保険適応となっており、同じくナイアシンフラッシュを起こすことがあります。)
The mechanism and mitigation of niacin-induced flushing. - PubMed - NCBI
こちらの文献にナイアシンフラッシュの防止について記載あり
・少量投与にて用量漸増
・ナイアシン徐放製剤は即時放出製剤よりも発症率や重症度が減弱
・ナイアシン投与30分前のアスピリン30mg投与により軽減
・プロスタグランジンD2受容体アンタゴニスト(ラロピプラント)との合剤はナイアシンフラッシュを軽減
アスピリンを追加投与してまでナイアシンを投与するメリットがあるのかは微妙なところですが、AMIの二次予防などでアスピリンを服用している患者さんはナイアシンフラッシュを起こしにくいかもしれません。
ラロピプラントlaropiprantについてはこちら
Effects of extended-release niacin with laropiprant in high-risk patients. - PubMed - NCBI
N Engl J Med. 2014 Jul
動脈硬化疾患などのハイリスク患者における、ナイアシン2gとラロピプラントのスタチンへの上乗せ投与
アウトカム:主要血管イベント(非致死的MI、冠動脈疾患死、脳卒中、血管再建術)
フォローアップ3.9年
<結果>
LDLは10mg/dL低下、HDLは6mg/dL上昇と脂質の値は改善したが、
主要血管イベントはRR0.96(95%CI 0.90 to 1.03; P=0.29)と有意な改善はみられず、
有害事象として、糖尿病発症、消化器症状、皮膚症状などが増加
Effect of niacin on lipid and lipoprotein levels and glycemic control in patients with diabetes and peripheral arterial disease: the ADMIT study: A... - PubMed - NCBI
↑こちらによると、ナイアシンが糖尿病に悪影響といったことはなさそうです。
ナイアシンの副作用を抑えるためのラロピプラントが悪かったのかもしれません(断定的なことは言えませんが…)
この結果を受けて、メルク社はナイアシンとラロピプラントの合剤の発売を中止しています。
<CETP阻害薬について>
コレステロールエステラーゼ転送蛋白(CETP)を阻害することで、HDLからLDLへのコレステロールの転送を阻害し、HDL上昇、LDL低下作用あり。
トルセトラピブ
Effects of torcetrapib in patients at high risk for coronary events. - PubMed - NCBI
N Engl J Med. 2007 Nov
P:心血管リスクの高い患者
E:CETP阻害薬トルセトラピブ+アトルバスタチン 12ヶ月
C:アトルバスタチン
O:主要心血管イベント発症までの時間(CHD死、非致死的MI、脳卒中、不安定狭心症による入院)
<結果>
HDL72%上昇、LDL24.9%低下
SBP5.4mmHg上昇、血清カリウム低下、血清ナトリウム/重炭酸塩/アルドステロン増加
心血管イベント HR1.25(95%CI 1.09 to 1.44; P=0.001)
全死亡 HR1.58(95%CI 1.14 to 2.19; P=0.006)
→この結果を受けて、ファイザー社はトルセトラピブの開発を中止
ダルセトラピブ
Effects of dalcetrapib in patients with a recent acute coronary syndrome. - PubMed - NCBI
N Engl J Med. 2012 Nov
詳細は省きますが、こちらも微妙な結果
HDL31~40%増加、LDLはほぼ不変
ACS発症後の患者において、心血管イベントのリスクは軽減できず。
→こちらも、開発中止
まだ開発中のCETP阻害薬もありますが、上記2剤の結果を見るとあまり期待できないかもと思ってしまいます。
代用のアウトカムは改善しているのですが、肝心の心血管イベントに対する有効性が示せていません。
HDLは“善玉”と呼称されてるとおり動脈硬化の進展を予防するとされていますが、CETPを阻害することで、HDLn抗酸化作用や血管内皮の抗炎症作用などの効果も落ちてしまうのではないかという説もあるようです。
CETP阻害薬のこの一連の経過を見ていると、いかに代用のアウトカムを重視してしまうことが危険か再認識できます。
HDLのコントロールの是非についても今後の検討課題となりそうです。