pharmacist's record

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ペットに咬まれた!

「ペットに咬まれて怪我をした!」と受診されるケースがあります。

プライマリケアにおいて、皮膚の傷の感染予防として第3世代のセフェムが処方されるケースが多いような気がしますが、動物咬傷においても第3世代セフェムでよいのでしょうか?
予防的に投与する抗菌薬の選択について調べて見たいと思います。


犬咬傷と猫咬傷についての文献
Bacteriologic analysis of infected dog and cat bites. Emergency Medicine Animal Bite Infection Study Group. - PubMed - NCBI
N Engl J Med. 1999 Jan
50人の犬咬傷と、57人の猫咬傷についての報告

穿刺punctures 裂傷lacerations 穿刺・裂傷混合
犬咬傷 60% 10% 30%
猫咬傷 85% 3% 12%

→猫の歯は鋭いため、傷は小さく見えても、骨や関節まで深く達することが多いとされている。創部を洗浄しにくいため、感染リスクが高い。

創傷から分離された菌は、

好気性菌と嫌気性菌 56%
好気性菌のみ 36%
嫌気性菌のみ 1%

(好気性菌:パスツレラ属、連鎖球菌、ブドウ球菌、モラキセラなど)
→動物咬傷は、好気性菌と嫌気性菌の混合感染として治療する必要あり

もっとも高頻度に分離されたのは、パスツレラPasteurella(犬56%、猫75%)
→パスツレラ症は人畜共通感染症で、猫と犬の口腔内に常在(犬:70~80%、猫:ほぼ100%)。ヒトに感染すると、概ね24時間以内に発症し、発赤・腫脹・疼痛などを引き起こす。

犬咬傷と猫咬傷において重要な起因菌は、パスツレラ、嫌気性菌、連鎖球菌、ブドウ球菌など。
パスツレラはペニシリン、第2世代/第3世代セフェム、ドキシサイクリン、ST合剤、フルオロキノロン、CM、AZMが有効
ブドウ球菌などの皮膚軟部組織の感染症に用いられる第1世代セフェム、CLDM、EMはin vitroでパスツレラに活性が低く、本研究にてパスツレラに対する第1世代セフェムの治療は成功しなかった)

文献の最後に治療法の選択枝がいろいろと記載されていますが、一般的に、動物咬傷の治療は、
これらの起因菌をカバーするβラクタマーゼ阻害剤配合ペニシリン系抗菌薬(AMPC/CVA、ABPC/SBTなど)が第一選択として使われることが多いようです。
(一般にセフェム系は嫌気性菌へのカバーがない。※例外としてCMZ注射は嫌気性菌に感受性あり)


まれな感染症ですが動物咬傷の際にはこちらも要注意
カプノサイトファーガ・カニモルサス感染症に関するQ&A|厚生労働省
カプノサイトファーガCapnocytophagaは犬や猫の口腔内に常在し、咬まれたり引っかかれたりすることで発症。
潜伏期間は1~7日間
免疫低下症例では重症化しやすく、敗血症を起こし、死亡に至ることあり。
こちらの第一選択薬もβラクタマーゼ阻害剤配合ペニシリン系抗菌薬が推奨されているようです。


こちらは動物咬傷に対するAMPC/CVAのRCT
A comparative double blind study of amoxycillin/clavulanate vs placebo in the prevention of infection after animal bites. - PubMed - NCBI
Arch Emerg Med. 1989 Dec
P:6歳以上の動物咬傷。24時間以内に限る。犬172名、人8名、猫3名、うさぎ1名、フェレット1名
E:6~12歳AMPC125mg/CVA62mg、13歳~AMPC250mg/CVA125mg 1日3回、5日間(n=84)
C:プラセボ(n=88)
O:明確な記載ないが“治癒”や“感染症の発症”を検討していると思われる
3日後、7日後にフォローアップ
「治癒」の定義は、皮膚の損傷の悪化がない(skin was no longer broken)
「感染infection」の定義は、化膿性分泌物、蜂巣炎、リンパ管炎の有無にかかわらず、咬傷の24時間以降の紅斑、圧痛の存在

<結果>
成人

AMPC/CVA プラセボ
感染症発症 17名/51名(33%) 27名/45名(60%)

小児

AMPC/CVA プラセボ
感染症発症 7名/29名(24%) 5名/25名(20%)

小児では感染症有意な低下が見られなかったようです。感染症発症自体、成人よりも低頻度でした。
この研究はほとんどが犬咬傷ですが、猫咬傷と比べると感染のリスクが低いとも言われているので、その影響もあるのかもしれません。



というわけで、皮膚の感染予防によく処方されている第3世代セフェムについての言及は見当たりませんでした。
猫や犬(ヒトも)に咬まれた場合、予防的抗菌薬としてAMPC/CVAの投与が推奨されています(AMPC/CVAやABPC/SBTが採用になっていない施設もありそうですが…)。

いろいろ調べてみて意外だったのは、犬よりも猫に咬まれた場合のほうが感染リスクが高いことです。自分は犬も猫も飼ったことがなくて、どちらかというと動物が苦手なのですが、咬まれたら結構恐い病気もあるんだなと知って、余計に動物離れが進みそうです…。