前立腺肥大症BPHの治療には主にα1遮断薬、5α還元酵素阻害薬などが用いられ、過活動膀胱OAB症状を伴う場合には抗コリン薬も併用されます。
尿閉に効くといえば、コリン作動薬のベタネコール(ベサコリン)やコリンエステラーゼ阻害薬のジスチグミン(ウブレチド)がありますが、意外にもこれらは前立腺肥大症には適応が通っていません。排尿時の抵抗を抑えるα1遮断薬と違って、膀胱の収縮力を増強する作用があり、神経因性膀胱や手術後の低活動膀胱に用いられます。
前立腺肥大のような尿路閉塞が原因の排尿困難の場合、いくら膀胱の収縮力を強めても、尿路閉塞は改善しないため、薬理作用的にも有用性は低そうですし、前立腺肥大症に有効であるというエビデンスもないようです。前立腺肥大症にジスチグミンが処方されている場合は、低活動膀胱を伴っているのかもしれません。
Int J Urol. 2004 Feb 日本の前向き単盲検ランダム化比較試験(プラセボ無し)
対象:低活動膀胱119名(20歳以上、最大尿流率Qmax≤ 10.0 mL/s、残尿≥ 50 mL)
[除外基準:BPH、前立腺がん、完全な脊髄損傷、薬剤服用(抗コリン薬、他のα1遮断薬、β刺激・遮断薬)、完全尿閉、カテーテル留置など]
①コリン作動薬(ベタネコール60mg/日orジスチグミン15mg/日)40名
②α1遮断薬38名
③コリン作動薬とα1遮断薬併用41名
上記、3グループにわけて4週間治療。
男女比は①、③は女性が多く、②はやや男性が多い。平均年齢は3群ともに65歳程度。
①コリン IPSS16.0→14.8(男19.5→16.8、女13.9→13.6)
②α1遮断 IPSS13.4→8.6(男12.3→8.7、女14.7→8.4)
③併用 IPSS15.5→10.9(男18.6→11.5、女13.8→10.6)
Qmaxなどの詳細データは原著table4に詳しく載っています。意外とα1が女性に効いてます。男性は併用が有効に見えますが、女性はそうでもないかなという印象。男女別に見ると各グループの症例数が少ないので、誤差がありそうな気もします。
有害事象は、①コリンで3名、③併用で3名。腹痛、下痢、めまいなど軽度なもの。脈拍や血圧の有意な変動は検出されず。
α1遮断薬強し、という印象を受けました。女性にもけっこう効いているのが意外でした(国内で女性に適応が通っているのはウラピジル(エブランチル)です)。
<Qmaxと残尿について>
BPHにおける排尿機能の評価
軽症:Qmax15mL/秒以上 and 残尿50mL未満
中等症:Qmax5mL/秒以上 and 残尿100mL未満
重症:Qmax5mL/秒未満 or 残尿100mL以上
BPHの診断基準:IPSS>7、前立腺体積>20ml、最大尿流量<10ml/秒
<国際前立腺症状スコアI-PSS>
直近1ヶ月、各項目0~5点(2回に1回の頻度が3点、ほとんどいつもが5点)、
- 残尿感
- 排尿後2時間以内の排尿
- 排尿中に尿が何度も途切れる
- 尿を我慢するのが難しい
- 尿の勢いが弱い
- 排尿開始時にお腹に力を入れる
- 夜間排尿回数(回数=点数)
軽症:0~7点
中等症:8~19点
重症:20~35点
こちらは対照群のない臨床試験
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpnjurol/105/1/105_10/_article/references/-char/ja/
ジスチグミンの用量が1日5mgに変更となり、改めて有効性安全性について検討
α1遮断薬4週投与後も排尿困難が改善しない(または残尿50ml以上)低活動膀胱患者39例にジスチグミン5mg/日を追加投与8週間
低活動膀胱の原疾患はほとんどが神経因性膀胱(糖尿病、脳血管障害、脊髄損傷、脊柱管狭窄症、ヘルニアなど)
4週後、8週後で効果判定
IPSS:23.5→15.8→19.9
残尿:216ml→61ml→110ml
8週後に悪化してるのはなぜでしょうか。効果減弱?4週後はプラセボ効果があったけど徐々に薄れた?ベタネコールは耐性を獲得することもあるみたいですが、ジスチグミンでもあるのでしょうか?治療前よりは改善しているのでよいのですが、もっと長期になるとどうなるのか気になるところです。
ちなみにベタネコールとジスチグミンの作用の違いは、
ベタネコール:排尿時のみならず蓄尿時にも膀胱平滑筋を刺激→頻尿になり残尿減
ジスチグミン:排尿時に作用、蓄尿時には作用しない →頻尿にはならず膀胱容量は保つ
以上の特徴を踏まえて、「排尿時の低活動膀胱と蓄尿時の過活動膀胱が存在する場合にはジスチグミンと抗コリン薬の併用も選択肢のひとつ」といった記述もありびっくりしました。むむむ、そうなんですね。過活動膀胱にならないようコントロールが難しそうです。
ベタネコールはてんかん、パーキンソニズム、喘息、甲状腺機能亢進症、消化性潰瘍、消化管閉塞…などなど禁忌疾患が多いため使用が限られますが、ジスチグミンを使用する場合にはコリン作動性クリーゼに注意が必要です。
最後にジスチグミンの大事な副作用、コリン作動性クリーゼをご紹介します。
コリン作動性クリーゼ
<症状>
軽症:下痢、悪心、嘔吐、腹痛、徐脈、発汗、流涎など
中等度重症:縮瞳、意識障害、痙攣、呼吸不全(→専門医へ)
①排尿困難に対しては1日1回5mg
②とくに開始後2週間以内は厳重に観察(定常状態に達するのに2週間程度かかる。)
③高齢者には慎重に投与(発症例の9割が60歳以上だった)
④コリン作動性クリーゼの初期症状が認められたら投与中止
メーカー社内資料によると、2006年4月から2014年12月で159例。投与2週間以内が51例、1年以上が36例(投与期間不明が30例)。