肺炎は日本の死因第4位、85歳を超えると第3位ということで、高齢者にとって命を落としうる病気の1つとなっています。高齢者の肺炎で問題となるのが、誤嚥性肺炎です。
誤嚥性肺炎
誤嚥により気管に入った異物に含まれる細菌による肺炎。
※誤嚥:唾液や食べ物、胃液が誤って気管に入ること。
誤嚥のエピソード=誤嚥性肺炎ではない。通常は、食べ物などの異物が気管に入っても、咳をして外に出したり、気管の粘膜の繊毛活動で外に排除することで肺炎を起こすことはないが、高齢になると、咳反射や嚥下反射が低下し、誤嚥を起こしやすくなり、嚥下反射の低下により知らない間に細菌が唾液と共に肺に流れ込み(不顕性誤嚥)、肺炎を引き起こす。脳血管障害(とくに大脳基底核病変)ではドパミンが減少し、知覚神経のサブスタンスPの合成低下により嚥下反射低下、不顕性誤嚥を起こす。必ずしもむせるといった誤嚥のエピソードがあるとは限らない(露骨な誤嚥エピソードは後述の化学性肺臓炎を示唆)。
<誤嚥性肺炎と化学性肺臓炎の違い>
化学性肺臓炎:誤嚥された食べ物や胃酸など化学的な刺激によっておこる肺炎で抗菌薬は無効。誤嚥エピソードから肺炎発症までの時間が短い(数時間程度)。誤嚥のエピソードが明らかであることが多い。発熱、咳、肺の浸潤影、白血球・CRP上昇など認められるので化学性肺臓炎の鑑別には病歴が重要。
嫌気性菌などによる誤嚥性肺炎の場合は発症が緩徐。露骨な誤嚥エピソードはないことが多い。
<誤嚥をきたしやすい疾患・病態>
など
<誤嚥性肺炎が疑わしい所見>
- 口元から唾液がこぼれている。
- 食べ物を口に入れてから飲み込むまでに時間がかかる
- 食後、ものが絡んだようなガラガラ声になる
- 口の中のものをすべて飲み込むのに何度も嚥下する
→嚥下機能のスクリーニングとして、反復唾液嚥下テスト(RSST)や改訂水飲みテスト(MWST)がある。
RSST(反復唾液嚥下テストrepetitive saliva swallowing test):人先指と中指で喉頭隆起(喉仏)に触れた状態で唾液を飲み込むよう指示し,30 秒間に何回空嚥下が行えるかを数える。嚥下ビデオレントゲン造影所見と相関あり。誤嚥の有無に関する精度は、感度:0.98、特異度:0.66(「反復唾液嚥下テスト」(the Repetitive Saliva Swallowing Test: RSST)の検討 (2)妥当性の検討」)
<治療>
起因菌:肺炎球菌、嫌気性菌、インフルエンザ菌、黄色ブドウ球菌、緑膿菌など(嫌気性菌は同定が困難)。
誤嚥性肺炎の原因菌の多くは、口腔内嫌気性菌であり、βラクタマーゼを産生する菌もあることから、クラブラン酸/アモキシシリン(CVA/AMPC)、クリンダマイシン(CLDM)、あるいはAMPC+メトロニダゾールなどが用いられる(メトロニダゾールは単独投与だと有効性が落ちる可能性あり:PMID7025777)。
院内発症の場合など緑膿菌による可能性がある場合は、セフェピム(CFPM)+メトロニダゾールやタゾバクタム/ピペラシリン(TAZ/PIPC)などを考慮。
<予防>
①口腔ケア(歯磨き、入れ歯の手入れなど)
②口腔マッサージ
③横になって飲食しない
④食後すぐに横にならないで、座位を保つ(2時間程度)
⑤横になるとき30度くらいベッドを傾けて、上体を高くする
⑥食べ物にとろみをつける
①口腔ケアについての論文
Oral care and pneumonia. Lancet 1999 ; 354 : 515.
看護師や介護士による毎日の食後の歯磨き(ブラッシング)、ポビドンヨード1%による清掃。週1回の歯科医による口腔評価。2年間フォローアップ。
フォローアップ期間中の肺炎発症率は
- 口腔ケア群:11%
- 非口腔ケア群:19%
口腔ケアをしないと相対リスクは1.67 (95% CI 1·01–2·75, p=0·04).
Oral care reduces pneumonia in older patients in nursing homes. - PubMed - NCBI
J Am Geriatr Soc. 2002 Mar
口腔ケアにより肺炎、発熱日数、肺炎による死亡が有意に減少
Daily oral care and cough reflex sensitivity in elderly nursing home patients. - PubMed - NCBI
介護者による口腔ケアと、自己口腔ケアの比較。
介護者の口腔ケアにより咳反射が改善。改善オッズ比5.3。
入念な口腔ケアがより大事であることを示唆している。
<誤嚥を防ぐ可能性のある薬剤>
- ACE阻害薬:サブスタンスPの分解酵素のACEを阻害することで、咽頭・気道のサブスタンスPの濃度が高まり、嚥下反射・咳反射が亢進
- シロスタゾール:大脳基底核の脳血管障害を予防。ドパミン/サブスタンスP合成に関与している可能性も示唆。脳卒中患者の肺炎を減らしたという報告あり。
- アマンタジン:ドパミン作用によりサブスタンスP増加
- モサプリド:胃排出促進作用により胃内容物の逆流を予防(胃ろう増設患者に有効)
- エリスロマイシン:胃排出促進作用により胃内容物の逆流を予防
- 半夏厚朴湯:ドパミン、サブスタンスPを増加
- 葉酸:ドパミンなどの神経伝達物質の合成に関与
- カプサイシン:トウガラシに含まれる。咽頭にサブスタンスPを遊離させる。
banxia houpu tang=半夏厚朴湯
オープンラベル(観察者盲検化)RCT。
対象者:認知症と脳血管疾患、アルツハイマー病、またはパーキンソン病などを有する104名の平均83.5歳の高齢者
半夏厚朴湯による肺炎の相対リスク 0.51(95%CI 0.27-0.84)
<嚥下機能を低下させる可能性のある薬剤>
誤嚥を引き起こす機序:錐体外路障害、鎮静作用、口内乾燥、流涎など
- 抗精神病薬:D2受容体遮断作用による嚥下反射の低下
- 抗不安薬/睡眠薬(BZ系):抗コリン作用、鎮静作用、筋弛緩作用による嚥下障害を引き起こす可能性あり
- 三環系/四環系抗うつ薬:抗コリン作用、鎮静作用
- 鎮咳薬:咳反射の低下
- 抗コリン薬:コリン作動性神経が嚥下に関与。抗コリン薬によって嚥下反射が抑制。また抗コリン作用による唾液分泌低下が嚥下困難を助長する可能性あり。
Antipsychotic drug use and risk of pneumonia in elderly people. - PubMed - NCBI
抗精神病薬と肺炎の関連を調べた症例対称研究。
Acid-suppressive medication use and the risk for hospital-acquired pneumonia. - PubMed - NCBI
入院患者に対する胃酸抑制薬と院内肺炎との関連を調べた前向きコホート
PPI:OR1.3 (95% CI, 1.1-1.4)
H2ブロッカー:OR1.2(95% CI, 0.98-1.4)
高齢化が進む中、誤嚥性肺炎のマネージメントの重要性は高まっている一方で、有用な薬剤/リスクとなる薬剤ともにエビデンスが確立しているとはいえない状況です。有用とされる薬剤も、副作用や保険適応を考慮して使用しなくてはいけません。
口腔ケアは一定の効果が得られており、副作用の心配はないため、誤嚥の恐れのある患者さんに対して有効かと思います。食後のブラッシングにより口腔を清潔に保ち、食後の座位の保持など誤嚥を防ぐ対策により、少しでも誤嚥性肺炎の発症が減らせると良いと思います。